募集中 2 令和二年四月二〇日
 
 オンライン格言集
 
        主唱者 本学会会長 濱野成秋
        審査員 理事一同
 
 格言とは名を上げた者だけが下せる特許状ではない。悩み苦しんだ者だけに許される悲痛な申し送り事項である。
               濱野成秋
 
[評釈]庶民は名や言葉をこの世に遺すことを厭う。尊大な生き方を潔しとしないからだ。だから名句を吐いても破いて棄て去る。そうして失われた名言があれば、人はもっと賢明に生きたものを。
 名を付して言葉を遺す行為は一見節度ある態度と見えるが、文責を回避する行為とみなされるのが普通である。したがって我が意を表明する場合には必ず名乗りを挙げられよ。目立ちたがりやだと思われてもよい。練りに練った良き格言は人を励まし奈落から救う。
 ●みなさん、奮ってご応募ください。
 
 「今日」という日にあやつられるな。奴は過去の全ての歳月を蹴飛ばして何食わぬ顔で現れた煌めく極悪人である。
               濱野成秋
[評釈]これは自分の人生からしばしば感じた実感そのものである。
 今日という時間帯は過去のどの日に増して力強く輝いて見える。だがその限られた時間帯に、ろくなことが出来ず、気がついたら陽が沈みかけている。まあ明日があるからと期待して悔しがらないで夜を迎えるが、実際はこの輝ける様相をして朝日と共に現れた今日という怪物にすっかり翻弄させられただけにすぎない。
 筆者はそれに気づくことが多い。世間には気づかぬまま今日という時間帯を見過ごす人が多かろう。人は今日を大事にせよという。過去を忘れ未来を考えろとも。輝ける今日、輝ける未来か。だったら過ぎ去った日々は輝いてなかったのか? ゴミ箱に捨てて惜しくはないのか。
 今日が出現したために、昨日あった今日は半分ボケて背中を見せて去っていく。一昨日はどうだ? もっと影が薄い。印象も記憶も、何もかも砕かれて散らかったままだ。
 一か月前の今日って何をやっていたか。手帖を見ないと何も思い出せない。去年の今日は? と古ぼけかけた黒革の手帳を取り出す。にじんで読めないボールペンの文字。誰かと会っていたな。あれは流れ話に終わったな。五年前は? 俺はまだ定年じゃなかった…輝いていた! 本当か? いや次の職場がなくて、憂しと見し世ぞ今は恋しきだと、もう、もがき苦しんでいたではないか。
 事物や諸現象にとって時という奴は悪辣千万な存在である。だってそうろ、五年前、ゴルフ場でしっかり大地を踏みしめて動いてくれた両脚も、今じゃぐらぐらさせとる。額を見ろ。この大地のごとく毛髪を生やしていた皮膚から生え出る白い枯草は何? 何が作用した? 歳月だろうや。
 今日の日を「極悪人」だと思って対面しよう。油断するな、そいつを巧妙にこき使ってやろう。撫で付け攻めつけ、その額に己の血判を次々と押し付けるぐらいの気力で、この極悪人に烙印を押して回ろう。
 この格言、多分にビアス的であるが、筆者の腹の底から出た発想だ。
 ●みなさん、奮ってご応募ください。
 孤独だからいい仕事ができる。
               濱野成秋
 
[評釈]これも実人生から導き出された格言だが、前項ほどねじくれてはいない。自分自身の人生訓として体得した、素直な心得でもある。
 教授会あり、委員会あり、学校説明会あり、卒論に手を入れてやり、院生に推薦状を書いてやりで、現役時代は多忙な日々の連続だった。自分の存在感さえ見失いがちであったから、何よりも欲しかったのは孤独な時間だった。例えば本務校の日本女子大を夕方5時に終えるやその足で青山学院へ。アメリカ文学特講で19世紀東欧系移民とニューヨーク市の労働状況はと語り乍ら…知識量が勝負の板書に次ぐ板書。この講義ものには各国の大使館や領事館の館員たちが毎夕数十名参加し、120名以上で教室は満杯。終わって帰宅。夜中十時。そこから中央公論社から依頼のシミュレーション小説『日朝、もし戦えば』八〇〇枚の原稿の執筆へ。
 この孤独な仕事に何より充実感があった。昼間の仕事もやりがいはあるが、孤独に書斎にて長編小説を書くとき、僕は孤独でありながら何十人という登場人物になり切って物語を組み上げる。大いに気に入っていた。孤独な作業こそ、自らの想念で天下国家に訴え続けられる時間帯だった。
 ●みなさんもどうぞ奮ってオリジナルの座右の銘をお寄せください。