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黒サンゴの指輪物語  高鳥奈緒   2023.11.3
 
物にあふれ満たされすぎると
本当に大切なものが見えなくなる
必要なものは、それ程多くはないのだし。
 
祖母の黒サンゴの指輪は
無くなる少し前に母が受け取った
母も年老いて私に来た黒珊瑚さんご
 
黒サンゴの指輪物語か。
私の心に住む祖母は優しさを教えてくれた人
子供時代を思い出す
石鹸の香りの前掛けに寝転んだ
祖母の膝上は私の特等席
「おまんは、いい眉してるな」と笑顔で見下ろし
私の眉を撫でる。
山梨訛りが耳元でたゆたい、やがて泣きじゃくる。
 
在りし日の祖母と母。
そのやり取りが鮮明によみがえると
滲んでいた涙が大雨になった。
 
黒サンゴの指輪は逃げ出しそう。
夕焼け雲に向かって、私の鼓動と滂沱ぼうだにこらえ切れず、
くるめき転回しながら飛んで行ってしまいそう。
恋沼  高鳥奈緒   2023.10.31
 
恋沼にわが身は沈む
誰の助けもなく沈んでいく
ゆっくりとゆっくりと
もがけばもがくほど成す術もなく
口元まで沈んだ時
最後の一言を笑って言うわ
「ほら・・・見て!これが、わたしの愛、あなたを信じた姿よ」とね
でも、あなたは知る由もない
私と一緒にもう一つの私が  高鳥奈緒   2023.10.26
 
何に怯えて
何に怖気づく
ホラーって、見えない恐れのことよね。
 
想像が不安を掻き立て
まだ何も起きてないのに
わたしをシーツにしがみつかせる
 
負けるもんか
見えない相手よ
 
いやだお腹が引き裂かれそう…
シーツが血みどろ…そのシーツの中に
もぞもぞ動く肉の塊り一つ
身体が溶けてゆくシーツの中で
卑猥で醜悪な匂いに彩られて
誕生しましたよ…女の子よ、二重瞼が今から可愛い
責任もてよと男が叫ぶ声
天井を見据えてもまた叫ぶ男が憎い
精一杯拡げていた脚が無性にけなるい…
得体の知れない恐れが遠のく
 
  
漠然だけど暖かな色の肉がわたしの中に侵入してきた
それは慎重に、丁寧に、自然体の私にかさなって
今の私に出来る事は
もっと深掘りしていきたい心だけ
 
たくさんの世俗の夢よ、さよならね、
子の肉体よ、たくさんの夢を叶えなさいよ。
私と一緒に、もう一つの私が生きるのよ、生きて語って食べて生きて…
生き別れ  高鳥奈緒   2023.10.24
 
娘三人に恵まれたはずが
引き離されちゃった過去
生き別れって辛い
末っ子はまだ二歳だというのに
 
産後、わたしは不治の病に苦しんだ
仕方なく、泣く泣く娘たちと生き別れ
暗いさだめに泣いた年月は虚しく
 
福島県で育った愛娘たち
震災にも負けずに生きてくれた
すっかり大きくなって大人になった愛娘たち
あれから私も何とか生き延びた
育てられなかった罪悪感と後悔を
胸に抱くけれど
たった一人の母親として接してくれる愛娘たち
 
 
優しい子に育ったね
やはり私は母だと心強く生きる
離れていても娘の誕生日忘れない
大きく立派になったね
写真をテーブルにならべて
「ハッピーバースデー」と一人で呟いた夜
明け方、ドアをノックする音。
娘が三人、立っているはず…
起ちあがると、音はやんだ。
金木犀の香りの中で  高鳥奈緒   2023.10.20
 
別れたお方を街で偶然みかけた
金木犀の香りの中で
オレンジの夕陽丘
眩しくてよく見えない
目を見張った
 
その懐かしい背中は、確かにあなた
一瞬はっと息を吞む
作業服の肩がほつれていた
そのほつれが気になった...
きっと今は他の誰かが縫ってくださるのね
切なさがはしった
 
時は流れて
あなたの今と未来が
わたしの今と未来に
 
わたしの心はいつまでも
金木犀の花が毎年この季節に咲くように
変わらないのに
運命のいたずらで
金木犀の香りが二人を包み込む街角で