川田順の満州紀行と我が人生歌 濱野成秋 2024.3.18
川田順が昭和六年に出した満州訪問記とでもいうか、短歌集『かささぎ』を読みながら、この歌人の旅人としての心情にふれて、幾つかのうたを創る。
例によって、他者に触発されての本歌取りもしたが、その数は二つか三つ。読みながら、全く別の発想が堆く積み上がり、発句が次々と浮上したので、即興で詠んだ歌が殆どとなった。ところが推敲を二度三度とやっていると、人生の深い所で通底するので奇妙な印象で終わった。丁度一百年の時間の落差である。また大変容を遂げた開発以前の中国大陸と文明乱立の両国の暮らしぶりとが通底して視えるのは予想だにしない収穫だと言える。
歌人川田順は記録好きで、京城訪問九回四十八日滞在、などと記して、奉天六回、大連五回、旅順三回と訪れ、平壌にも二回行く小まめな旅をして作歌におよぶ。当然、旅情もたっぷりと思う。
「序曲」と小見出しを置いて川田はこう詠う。
大君の遠の使と寧楽人の
齋ひて行きしあらきこの海
筆者は素直に触発されて、
奈良人の超えへし灘海に乗り出でし
我が小袖にも跳ねし荒波
川田順が昭和六年に出した満州訪問記とでもいうか、短歌集『かささぎ』を読みながら、この歌人の旅人としての心情にふれて、幾つかのうたを創る。
例によって、他者に触発されての本歌取りもしたが、その数は二つか三つ。読みながら、全く別の発想が堆く積み上がり、発句が次々と浮上したので、即興で詠んだ歌が殆どとなった。ところが推敲を二度三度とやっていると、人生の深い所で通底するので奇妙な印象で終わった。丁度一百年の時間の落差である。また大変容を遂げた開発以前の中国大陸と文明乱立の両国の暮らしぶりとが通底して視えるのは予想だにしない収穫だと言える。
歌人川田順は記録好きで、京城訪問九回四十八日滞在、などと記して、奉天六回、大連五回、旅順三回と訪れ、平壌にも二回行く小まめな旅をして作歌におよぶ。当然、旅情もたっぷりと思う。
「序曲」と小見出しを置いて川田はこう詠う。
大君の遠の使と寧楽人の
齋ひて行きしあらきこの海
筆者は素直に触発されて、
奈良人の超えへし灘海に乗り出でし
我が小袖にも跳ねし荒波
と読む。従順な本歌取りだが、視点が全く異なる。川田は朝廷を礼賛し、大宮人の辛苦を窺う。いささか古き時代を味わう程度で実感を得るに程遠い。正直、歴史の雪に降られる実感は僅かなり。我が小袖をわが衣手と書こうとしたが、その後にとか露を連想するし、川田のようにあからさまに皇道参賀もどうかと思え、「小袖」とした。洋服を着ると筒袖になるが、身分なき身こそ召し物である。ゆえに川田とはまったく別個の歌が一つ生まれて当然なわけだ。と思うと、意外にも全く別個の一首が浮かんだ。
何一つ人智教へぬ親なれど
愛の数々いまだ生き生き
船出とは全く異なる発想である。だが多分、もし俺がまだ支配中の満州に旅となると、どうせお決まりの満州浪人の類となろう、無頼漢となるであろうと想うと、親不孝を詫びて出た歌である。
川田はこんな情景も読んでいる。
のびやかに鋤の長柄に顎をのせて
わが汽車を見る支那の男は
歌の小見出しには「満鉄本線車中即事」とある。
満鉄とは南満州鉄道のことで、現代でも大連に行くと、元満鉄本社がロータリー沿いにあり、おなじロータリーには「大和ホテル」もあって、帝国陸海軍や高級官僚が家族連れで滞在していた。関東軍の守備隊の下士官以下は警備で動かされて「アジア号」に乗って、ロシア人の乗員の世話でいい気になって旅をする勝ち誇った日系人なら、誰もが窓外に目に映ずる中国農民の鋤の長柄の上に自分の顎を載せて日本人の走らせる超特急「アジア号」をボケーと見ている姿を眺めて、未開人たちと思っただろうが、その心底に滾る憎悪の念を読みとらねばならないし、日本の農家でも、鋤打ちでは休むとき、顎を鍬の上に置いて休む。私は戦中も戦後も、幾度となくその姿を日本国内で目撃している。わざわざ満鉄のアジア号を配して描写するには中らない。
川田の歌は支那の女や支那の童にも、ぼんやり満鉄を眺める姿を捉える。支配者時代の言い知れぬ恥辱の一ページとも思われて複雑な思いである。
川田は砂竜巻にも遭っている。
竜巻をまこと見るかも目交に
うつそみの吾が目を疑へり
筆者も西安を過ぎ、敦煌に向かう索漠たる荒地にあって同じ思いをしたことがある。竜巻に驚く。
竜巻に巻き込まれしか夕陽さす
人智も夢も打ち砕くかも 成秋
中国に限らずとも、エジプト訪問でも屡々想うことだが、古代人も為政者は巨大な墓地を建造しながら思うことは周りの者たちが自分の死後、どう考え、どう行動するかである。ねたみ、そねみで、墓穴はズタズタにされる被害者になりきって、巨岩を幾層にも重ね合わせ、そうはさせじと、防御に出る。
吾妹もその子も孫もその先も
皆苦しむかねたみそねみに 成秋
親だまし独り歩めり吾妹の
つたなき日々や哀しみに満ち 成秋
川田は羊を上手く捉えて詠める。
たもとほりわれもひもじきゆふべなり
羊の群れの 飼葉食む音 川田順
ひと群れの羊もの憂ひ夕暮れに
飼葉食む音 心に沁みる 成秋