三浦短歌会との合同歌会 令和三年六月十九日
       記録と詞書 日本浪漫学会 河内裕二
 
 歌会の当日は雨だった。関東地方も数日前に梅雨入りが発表されていたので雨が降るのも仕方がない。雨が続くことで逆に六月になったことを実感する。梅は春の季語だが六月に雨が続くことを梅雨と書くのはなぜだろう。しかも梅雨と書いて「つゆ」と読む。気になったので辞典で調べてみた。花ではなく実に関係していた。梅の実が熟す時期に降る雨を中国の長江流域で「梅雨」と読んでいたのが江戸時代に日本に伝わったとされるようだ。しかし諸説あるとのこと。この時期の雨をもともと日本では五月雨と呼んでいた。梅雨の字を「つゆ」と呼ぶようになったことについても「梅の実が熟して潰れる『潰ゆ(つゆ)』からや「カビで物が損なわれる『費ゆ(つひゆ)』からなど諸説あって、要するにはっきりわからないのである。今年は例年より一週間ほど遅い梅雨入りとなったが、明けるのはいつになるのだろうか。
 今回の三浦短歌会と日本浪漫学会の合同歌会は、六月十九日の午後一時半より三浦勤労市民センターで開催された。出席者は三浦短歌会から三宅尚道会長、加藤由良子、嘉山光枝、嶋田弘子の四氏、日本浪漫学会から濱野成秋会長と河内裕二。三浦短歌会の桜井艶子、清水和子、玉榮良江、田所晴美の四氏も詠草を寄せられた。
 
  東海の益荒男成りしマスターズ
     亡き夫ならばいかに思ふや 由良子
 
 作者は加藤由良子さん。ゴルフのメジャー大会である「マスターズ」で松山英樹選手が日本人として初優勝を果たした。亡き夫はゴルフが好きだった。もし彼が生きていてこの快挙を知ったとしたらどんなに喜んだであろう。ゴルフのニュースに亡くなった旦那様のことを思い出されながら詠まれた一首。
 最近では野球の大谷選手やテニスの大坂選手など世界の第一線で活躍する日本人アスリートも登場しているが、体型によるものなのか長い間スポーツ界では日本人が活躍できなかった。いわゆる「世界の壁」があった。加藤さんによれば、とりわけ男子ゴルフはこの「壁」が高く、これまで幾多の日本人トップ選手が挑戦しても誰もメジャー大会で勝つことはできず、マスターズ制覇は男子ゴルフ界にとって祈願だったとのこと。
 
  ワクチンの接種予約は成功も
     スマホ操作に奮闘五時間 光枝
 
 この歌を詠まれた嘉山光枝さんはワクチン接種の予約にとても苦労された。嘉山さんのお話では、予約電話は混み合って一切つながらないため、スマホによるネット予約を行ったが、操作法がわからなかったり不具合が出たりして完了するまでに五時間もかかったそうである。
 この歌においては、他でもない「五時間」というのが秀逸である。結句にキレを出すためには一音になる数字を選ぶことになるが、二、四、五、九とある中でさすがに九では長すぎる。次に長く、奇数の五が最善だろう。筆者の私感だが、偶数は奇数よりも安定感があり優しい印象を受ける。奇数の「五」という数字が「奮闘」という言葉と相まって、慣れない作業への不安や苛立ち感を上手く醸し出している。
  コンビニの防犯カメラに燕の巣
     親鳥ひたすら餌をはこびくる 尚道
 
 三宅尚道さんの作で実際に目にした光景を詠んだもの。誰もが一度はつばめの巣を見たことがあるだろうが、さすがに防犯カメラの上の巣はないだろう。「防犯カメラという人間が同じ種族の人間を疑って取り付けている装置にお構いなしにつばめが巣を作るのが、人間をあざ笑っているかのようでとても面白い」というのは濱野会長のお言葉。
 
  くちびるや歯牙にまとひし言の葉を
     秋風に舞ふ瞳に告げをり 成秋
 
 濱野成秋会長の作。この歌は次の松尾芭蕉の俳句の本歌取り。
  
  物いへば唇寒し秋の風 芭蕉
  
 濱野会長によると、芭蕉はこの句の詞書で、余計なことを言うと災いを招くので言葉を発するときは注意しなさいと説いたそうで、俳聖ともあろう人物が詩歌でごく当たり前の市井の道徳を説いていることにがっかりしたと仰る。自分をさらけ出してこそ文学であろうと。
 人間はときに他人を非難したくなるが、「まとひし」と表現したようにたいていその言葉を声に出すことはしない。では非難しないかと言えば、否である。目は口ほどに物を言うというように、口では言わず、目で告げて非難しているのである。そんな嫌らしい我が心を見てくださいという歌であるとのご説明。参加者の皆さんも確かに人間は目で物を言っているが、とくに日本人の場合はそれが強いのではないかとのご意見であった。
  
  スーパーの入口にある貼り紙に
     「トンビに注意」今日は梅雨入り 良江
 
 作者は本日欠席の玉榮良江さん。ご本人に伺うこと出来なかったので、歌の内容についてはわからないが、実際に張り紙がされていたのをご覧になったのだろう。三浦ではとんびはよく見かけるそうだが、さすがにスーパーという場所との組み合わせは意表を突くもので、強く印象に残ったために歌に詠まれたのではないか。
 
  夕空に生気みなぎる点描画
     騎虎の勢ひむくどりの群れ 裕二
 
 筆者の作。毎年この時期になると住んでいる街の駅前にむくどりの群れがやって来る。その数たるや驚くほどで、鳴き声も大きくて人の話し声も聞こえないほどである。何かの拍子に一斉に飛び立つと右に左に旋回し、その光景は巨大な点描画が動いているかのようでその迫力に圧倒される。実際にむくどりの群れをご覧になったことのある嘉山さんより「まさにこの歌のようだった」というお言葉をいただいた。
  小雨降るブーゲンビルに鎮魂す
     万葉の歌父と捧げん 弘子
 
 作者は嶋田弘子さん。筆者は太平洋戦争の激戦地としてガダルカナル島という名は何度も聞いたことがあるが、同じソロモン諸島のブーゲンビル島については初めて聞いた。嶋田さんのお父様は戦争中にこのブーゲンビル島におられたので、戦後は島を訪れることなく亡くなられたが、きっと訪れたかったのでは。そう思われた嶋田さんは今から十二年ほど前にお父様の魂と一緒に行くつもりで、ブーゲンビル島に慰霊の旅をされた。本作はその旅の歌である。「万葉の歌」とは『万葉集』にある大伴家持の歌から詩が採られた『海行かば』のことだろう。
 
  九時に寝る忙しき頃の夢を見て
     五時四〇分 今日も日曜 和子
 
 清水和子さんの詠まれた歌であるが、ご本人が本日は欠席されていて内容について詳しく伺うことはできなかった。五時四十分というかなり細かい時間に何か特別な意味があるのだろうか。忙しくしていた頃には夜は九時に寝て翌朝早く起きていた。今は早く起きる必要がないのにその頃の夢をみて五時四十分に目が覚めてしまったという実体験を詠った歌だろうか。
 
  木漏れ陽の光鋭く空を裂く
     心ふるえる白内障オペ 艶子
 本日欠席の桜井艶子さんの作品。白内障の手術をしたことのある三宅さんはこの歌の「光鋭く」の部分などがよくわかると仰る。友人の加藤さんのお話では、桜井さんが手術を受けたのはこの歌会の前日とのことなので、歌は手術前に詠まれたことになる。「木漏れ陽」や「空」というあまり手術とイメージの重ならない言葉に「鋭く」や「裂く」のような言葉を組み合わせて下句の手術とイメージを繋げ、全体がうまくまとまるように工夫されている。
 
  クラス会年重ねたる老の身を
     忘れ乙女にもどるひと時 晴美
 
 加藤さんのご友人の田所晴美さんの歌。田所さんは千葉にお住いで、三浦で行われる歌会に参加することは難しいため投稿でのご参加となった。クラス会では皆が当時に戻ってしまうのは、クラス会に出席すれば誰もが経験することではないだろうか。クラス会での楽しい笑い声が聞こえてきそうな誰もが共感できる素晴らしい一首である。
 
 今回も皆さんの歌から多くを学ぶことができた。とくにお父様と戦争・平和への思いが込められた嶋田さんの歌を拝読して、平和であることが当たり前のように生きてきた筆者やさらに若い世代は戦争の記憶を風化させてはいけないと思った。戦没者追悼式で現在の上皇と天皇が「おことば」で毎回「過去を顧み、反省し、再び戦争が繰り返されないことを願う」と述べられていることを思い出した。本日も充実した歌会であった。