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日本浪漫歌壇 春 皐月 令和五年五月二十七日
       記録と論評 日本浪漫学会 河内裕二
 
 今月八日より新型コロナウイルス感染症は季節性のインフルエンザと同じ位置づけとなった。確かに猛威を振るっていた時期と比べれば、感染者数は減少しただろうが、ウイルス自体が弱体化した訳ではない。いつまた感染が急拡大するとも限らないし、感染すれば重症化の危険性もゼロではない。先日、勤務先で家族がコロナウイルスに感染した人がいて話題となった。どうするべきか。ついこの前までは「濃厚接触者」と呼ばれ、しばらく人と接することがないようにしたが、今では「濃厚接触」という概念が存在しないから、考えること自体意味がないとのことだった。その変わり方に正直違和感を覚えたが、理屈ではその通りだろう。いずれにせよ、再び感染が拡大しないことを願っている。
歌会は五月二十七日午前十一時より三浦勤労市民センターで開催された。出席者は三浦短歌会の三宅尚道会長、加藤由良子、嘉山光枝、嶋田弘子、羽床員子、日本浪漫学会の濱野成秋会長の六氏と河内裕二。三浦短歌会の清水和子氏も詠草を寄せられた。
 
  ノートルダムは聖母マリアと聞かされし
     再建進むとテレビのニュースに 由良子
 
 作者は加藤由良子さん。二十年ほど前にご主人とパリに行かれ、ノートルダム大聖堂を訪れた際にガイドから「ノートルダム」とは聖母マリアのことだと聞かされた。数年前にその大聖堂が火事になり,今は再建が行われている。ニュースで現在の大聖堂の様子を見て、昔の旅行のことや火事になった時のことを思い出され、歌にされた。
  孟夏の日風吹きよせての若葉
     見えなくなりしそれもまたよし 弘子
 
 作者は嶋田弘子さん。初夏に手のひらに乗せていた葉が風で遠くに飛ばされてしまった。実際の光景を詠まれたように思えるが、この歌は比喩であるとのこと。実はお子様のことを詠まれている。非常に仲の良い親子だったが、若葉が青葉に変わる初夏の頃に子供が遠くに行ってしまうような出来事が起こり、寂しくて仕方のない気持ちになった。しかし自分もかつて母親と同じような事があり、親離れ、子離れはいつか起こるもので、それはそれでよいことなのだと思ってその出来事を受け入れようとされた。
 「掌の若葉」とは、自分の手のひらの中にいて思うままになっていた子供のことで、突然親の元から巣立って行ったという内容の歌であったのだ。比喩を用いず、子離れするのが難しいことをストレートに表現すれば、詩的でなくなるだけでなく、その事実を知られることが少し恥ずかしく思われたのかもしれない。
 
  農婦より採れたばかりの貰い物
     朝露のつく春キャベツ二個 光枝
 
 嘉山光枝さんの歌。三浦の春キャベツは有名で、歌の情景が目に浮かぶ。嘉山さんのお宅の周りには畑がたくさんあり、農家の方は朝早くから作業をされているので、たまたま朝に会ったりすると収穫した野菜をくれたりするそうである。「採れたばかり」で「朝露」のついた春キャベツ。みずみずしくて美味しいことをこれ以上うまく表現することができるだろうか。
  愛されし料理レシピのしみ見れば
     幼なき子らのざわめきがする 和子
 
 本日欠席の清水和子さんの歌。清水さんは初句を「愛されし」か「好評な」か迷われたようだが、「愛されし」の方がよいと思う。「愛されし料理」とは子供が好きだった料理という意味であるが、子供が愛してくれたと親が「愛」という言葉を使って表現することで、子供に対する親の愛情も同時に感じることができるし、さらに「愛されし」「レシピ」「しみ」と「し」が連続することで音としての響きやリズムがよい。
 料理のレシピ、すなわちその家庭の味というのは家族にとって特別なものである。子供たちが好きだった料理は何だったのかを想像してみるのも楽しい。
 
  自刃せし三浦一族守りたる
     旗立て巌に霊気漂う 員子
 
 作者は羽床員子さん。先月の歌会の会場になった岩間邸を訪れた際に、庭先の旗立岩を見て三浦一族の歴史に思いを馳せて詠まれた歌。歌会はよく晴れた昼間に行われたので、「霊気」が漂うような感じでもなかったが、羽床さんには何か感じるものがあったのかもしれない。
  ひさびさに狸来たりぬ子を連れて
     毛は抜け落ちて体ハゲハゲ 尚道
 
 作者は三宅尚道さん。この歌の通りだったそうである。食べるものがなくて栄養状態が悪いのか痛々しい姿である。昔は山だったところが今では畑となり、動物たちの居場所もなくなって畑や人家に現れる。畑を荒らして困るために駆除されることもあるが、対象となるのはアライグマのような外来種だけとのこと。残っている里山も保全管理を行わずに放置していれば荒廃して動物は住めなくなる。狸を写生しただけのように見えて、実は人間の行動を批判している歌ともいえる。
 
  ふだ入れは学歴いつはる乱れ籠
     天空黄砂も人為ぞ若葉よ 成秋
 
 作者は濱野成秋会長。議員選挙があってトップ当選した候補者は学歴を偽っている。しかし議会はそれを糾弾しようとしない。情けない話である。「乱れ籠」や「天空」のような言葉のイメージと歌が示す内容のギャップにより、作者の怒りや悲しみ、やるせない思いがさらに強調される。短歌にしてでも言わずにはいられなかったと作者の気持ちを解釈した。
  空青し海また青し夏の日に
     火球の奪ひしあまたの命 裕二
 
 筆者の作。一週間ほど前に広島でG7サミットが開催された。世界が注目する中で原爆投下による惨状や終わらない被爆者の苦しみなどが世界中に伝えられて、核廃絶に対する意識が少しでも高まればよいと期待したが、ウクライナのゼレンスキー大統領の電撃訪問で報道の焦点が変わってしまった。戦争中の大統領を危険な中でわざわざ日本に呼んだ理由がわからない。サミットはただのショーで、ショーを盛り上げるためにはサプライズが必要だった。そんなふうにしか思えず、しらけた気分になる。各国首脳は原爆資料館を訪れて何を思ったのだろうか。原爆について多くの言葉はいらないだろう。失われた命は戻らない。それにつきる。
 
 歌を解釈する際に何に注目すればよいのか。歌を理解する手がかりはいろいろとある。今回の嶋田さんの歌でも、書かれている言葉から判断して、実際の光景を詠まれたと解釈してももちろん構わない。しかし今回、筆者は解釈するに当たって大切なことに気づかなかった。そのため作者の思いを読み取ることができなかった。歌をその歌単体でしか考えなかったのである。
 歌会はまず作者を伏せて読んで解釈するので、最初はそれでも仕方がない。しかし作者が判明すれば話は別である。筆者はこれまでに嶋田さんの歌を何首も読んできた。嶋田さんにはご家族のことを詠まれた歌が多い。この簡単な事実さえ思い出せたなら、今回の嶋田さんの歌がご家族、とくに自分の元を離れていくお子さんを詠んだ比喩だと解釈することも可能だっただろう。どんな手がかりも決して見逃さないという気持ちが足りなかった。
日本浪漫歌壇 春 卯月 令和五年四月八日
       記録と論評 日本浪漫学会 河内裕二
 
 四月八日はお釈迦様が生まれた日とされ、寺院では誕生を祝う灌仏会という仏教行事が行われる。お釈迦様は生まれ落ちてすぐに七歩歩いて右手で空を左手で地を指して「天上天下唯我独尊」という言葉を発したとされることは筆者も知っている。しかしその誕生仏を花御堂に安置し、それに甘茶を掛けることにどのような意味があるのかは知らない。なぜ甘茶なのだろうか。甘茶は普段見かけないが、灌仏会以外で甘茶が淹れられることはあるのだろうか。四月八日は俳人高浜虚子の命日でもある。「虚子忌」や「椿寿忌」という言葉は春の季語になっている。
 歌会は四月八日午前十一時より横須賀市衣笠の岩間邸で開催された。出席者は三浦短歌会の三宅尚道会長、加藤由良子、嘉山光枝、嶋田弘子、羽床員子、日本浪漫学会の濱野成秋会長、岩間滿美子の七氏と河内裕二。三浦短歌会の清水和子氏も詠草を寄せられた。
 
  ギシギシと悲鳴を上げる肩と膝
     我が老体に油差したし 員子
 
 作者は羽床員子さん。たとえ「ギシギシ」しても、機械ならグリスを塗れば再びスムーズに動くようになる。しかし人間はそうはいかない。関節に痛みを抱えている人にはこの歌の気持ちが痛いほどよくわかるだろう。ただ最近は肩や膝に直接塗って痛みをやわらげる塗り薬もあるとのことなので、薬を使用しながらさらに悪化しないように体を労っていつまでも人生を楽しみたいものである。
  寒もどりチュニジア産の鮪売られ
     夕暮れスーパー客足まばら 由良子
 
 作者は加藤由良子さん。寒い日は買い物に行くのを控えてしまう人も多いだろう。スーパーの客足がまばらなのは珍しいことではない。目を引くのは「チュニジア産の鮪」である。養殖マグロの産地として地中海では、スペイン、クロアチア、イタリア、マルタ、トルコ、チュニジアなどがあるが、日本のスーパーではチュニジア産はこれまであまり見かけなかった気がする。そのチュニジア産のマグロが、マグロで有名な三崎で売られている意外性が面白い。
 
  絢爛な枝垂れ桜の足元に
     うつむきて咲く真白きすみれ 裕二
 
 筆者の作。桜が咲いていると絢爛な桜の花に注目してしまうが、春には他にも多くの花が咲いている。たまたま桜の木の下にすみれの花がひっそりと咲いていたのを見かけた。その光景を詠んだ写生の歌である。花を人と見立てれば、人の世を詠んでいるとも解釈できる。
 
  今年また結婚記念日亡きつま
     好物つくり仏壇に上ぐ 光枝
 
 作者は嘉山光枝さん。旦那様は晩年病気で入退院を繰り返し、食事制限のために好きなものが食べられなかった。亡くなった後に、嘉山さんは旦那様が入院中に大学ノートに書き記したメモを読まれたが、そこには、退院したら食べたいものが書かれていた。今はもう何でも食べられますよと伝えたいお気持ちで、毎年結婚記念日に旦那様の好きだったものを作り仏壇に供えられているそうである。
  まさぐりしポケットの鍵の温かき
     冷たきドアの前に立ちおり 和子
 
 本日欠席の清水和子さんの歌。ホームにお住まいとうかがったので、ご自身の部屋に戻られた場面だろうか。温かい鍵と冷たいドアの対比が印象的である。鍵の温かさは自分が生きていることを表すが、冷たいドアを開けて部屋に入ると、そのドアで外の世界と自分が隔離される。外の世界にいてポケットに入っていたので鍵は温かかった。部屋に入ってポケットから出されれば、やがてドアのように冷たくなる。この歌は作者の心的情景なのかもしれない。
 
  メリケンのボールいくさの歓声に
     古武士の戦場いくさば遠のくが如 成秋
 
 作者は濱野成秋会長。三月二十二日に行われたワールド・ベースボール・クラシックの決勝戦を旅先の島根県安来の地でテレビ観戦された。試合は三対二で日本がアメリカに見事勝利し、三大会ぶりに世界一に返り咲いた。最優秀選手には大谷翔平が選ばれた。大谷は投手と打者の二刀流でベーブルースと比較されることが多いが、ベーブルースは一九三四年に日本で行われた日米野球で来日し、十六試合で十三本のホームランを打つ活躍をしている。当時の日米の実力の差は大きく、日本は十六戦全敗で、しかも大敗で全く歯が立たなかった。唯一当時十七歳の沢村栄治が八回を投げて一失点に抑える好投を見せた。その頃の弱い日本チームから今ではアメリカを倒すまでになった。「メリケン」という言葉にその歴史が表現されている。
 下句の「古武士の戦場」とは、作者が試合観戦後に訪れた月山富田城のことで、ここにいた尼子は毛利に滅ぼされた。時空を越えた戦いを詠んだスケールの大きい歌である。
  一所ひとところ流るるままに過ごしをり
     君に苛立ち君に癒され 弘子
 
 嶋田弘子さん作で、旦那様に対するお気持ちを詠まれた。夫婦として長く一緒に暮らしいると相手に対して腹の立つことも多いが、逆もまたある。例えば大切にしている胡蝶蘭を愛おしそうに黙って眺めている姿などを見ると、花を見ながらこれまでの人生の喜びや悲しみや後悔や様々なことを考えているのが読み取れ、そのような「しっとりした」旦那様の一面でもって腹の立つ点をリセットしているそうである。日々の細かい生活の連続が夫婦の歴史となる。数学的には正しくないが、点が重なって線になるイメージである。
 
  山桜深山に咲ける姿には
     威を張るところなきぞ美し 滿美子
 
 作者は岩間滿美子さん。旅に出て山桜を見た時に思ったことを詠まれた。桜と言えば街でよく見るソメイヨシノのような桜をまず思い浮かべるが、岩間さんは山の自然の中にぽっぽっと咲く山桜がお好きとのことである。わざわざ山に山桜を見に行く人は居ないだろうが、それでも毎年静かに花を咲かせて山を美しく飾る。自己主張せずに山に溶け込む。そんな謙虚なところに好感を持たれて歌を詠まれたのだろう。
 「美し」は読み方として「うつくし」「うるわし」のどちらも可能である。読み方によってやや意味や印象が変わるが、どちらに読むのかは読者に任せたいとのことである。
  シクラメン三年目にも花咲きて
     給ひし人を時々想ふ 尚道
 
 作者は三宅尚道さん。シクラメンは夏越しなどをうまくやらないと花は咲かないと聞いたことがある。三回も花を咲させているのだから大事にされているのだろう。歌から判断するに、頂いた方は作者にとって大切な方だったが、この三年のうちに亡くなってしまい、シクラメンだけが枯れずに今も花を付けている。その花を見て故人のことを思い出している。来年も美しく咲くはずである。故人を想う気持ちが美しいからである。「内気」「遠慮」「はにかみ」といった花言葉もこの歌には合う。
 
 短歌の披露と批評を終えた後、濱野会長によって自作の漢詩が披露された。「衣笠城旺盛歌」と題された漢詩で、今回の歌会が開催された岩間邸一帯の衣笠城址で吟じるにふさわしい衣笠城を讃える格調高い詩であった。
 歌会を終え、会場の岩間邸の和室で皆が持ち寄った昼食をいただく。打ち解けた雰囲気に会話も弾み、楽しい食事となり気分もお腹も満たされた。食後に岩間さんご夫妻が茶席を設けてくださり、皆でお茶を美味しく頂いた。点ててくださる亭主は、旦那様の岩間節雄さんでお点前はお見事。半東役の奥様滿美子さんの息もぴったりで皆気持ちよくお茶を楽しむことができた。その後は岩間邸に隣接する旗立岩を拝見し、さらに山を登って衣笠城址を散策して今回の衣笠の旅を終えた。充実した一日であった。岩間ご夫妻の素晴らしいおもてなしに心より感謝申し上げたい。
生きている靴  濱野成秋   2023.7.29
 
ここは亀ヶ岡八幡宮の境内
炎天下に露天がいくつも
木陰もろくにないのに
生きた革でくるまってる空間が二つ
不用品だぞと威風堂々たる登山靴
 
摘まみ上げる、靴紐にぶらさがり
「それ、買って。二百円でいいの」
履いてみる。妙に冷たい
そんな北極空間、この日盛りにあるわけないのに
やはり冷たい靴底がひやっこい。
 
「亡くなった主人が喜びます」
 
もう君、脱いで、置いて、買わずに去っちゃいかんよ
この世から俺のために冷やっこい霊感だけを遺して
どた靴が炎天下で吠える、「俺様は靴だ、雪よ岩よ、吾等が宿り
俺たちゃ 街には住めないからに」
言われなくても君はもう、次の
生きた足首を捕まえて、護ってやる気だろ
俺はしかし雪よ、岩よ、吾等が宿り…とは行かんだろ、
もがいても、もがいても
解決など見当たらない僕の人生を
先刻知っていて護ってくれるかい、どた靴よ 
もつれた僕の家族と君の前世の家族が
亀ヶ岡の炎天下でばったり出会った、
ほどけない紐で。
 
情けなくて悲しくてみっともない
小さな僕の大胆な人生を
ビニール袋でくるんでもらい、
歩き出す自分は、もはや別人の魂魄。
この靴のために楽しい時間を、新しく作れるかい?
 
君の生家は大阪。田んぼの中にある白壁土蔵のあるお家。
そんな坊やがなんで今、逗子駅前の
神舎の炎天下なのだよ。
生きるって一筋縄ではいかない
どんな困難も乗り越えてきたというのに
売ってくれた家族も大学教授の一家だそうな。
どこ? 大町、雪の下
炎天下に雪の下か、教会がありますね。
立原正秋と親しかった早稲田の先生も
雪の下にお住まいだった。
コインを2つあげて、じっと見る革の登山靴
これお前、これから君の人生、
始まるね、
僕は黄泉にて待つ父君の遺訓も知らず
ぽっちゃり娘の汗噴き鼻先に
どた靴だけを引き受けたよとも言えず
目いっぱい笑うと笑い返してくる愛想のいいお嬢さん…。
  新星浪漫詩人
 
  高鳥奈緒の世界
 
               日本浪漫学会会長 濱野成秋
 
  壱。城跡を歩く
 
 この子は、苦悩の子だ、細切なものを膨らませ、いつ何時破裂するか。
 労わらねば、励ませなければ。
 そんな危惧を持って自作詩の発表を勧めた。間もなく届いた恋愛詩。君の恋愛相手は誰? いいの、ここまで書いて? そんな筆者の心配を余所に、この子は書く、書く。
 挫折してはまた挫折して。
 奈緒は告白する。
 でも、自暴自棄の心情を書かずにはおれない。永らえて見たって、この先、どう生きるか。見えない世界に向かうしかないじゃないの。とは筆者にさえ言わないし、打ち明け話はいつも半ばで終わりだが。
 底にたゆたう何か。
 多分、いま進行中の恋愛も苦悩の方が多いのではあるまいか。不可解な奈緒の話には不可解な家族も出没する。伝統音大を出たサキソフォンの名手と作曲を勧めた。バラード風の。なのにそのサックス奏者とは、コミュニケーション、うまくいかないと、ためらう。
 筆者の、頑固なまでに整った学術芸術人生とは真逆の魅力が高取奈緒にはある。彼女は富豪の娘で、愛車は真っ赤なフェアレディ。今日は江の島まで来たわ。
 むろん恋人と。
 ご勝手になさいませ。
 おうちは渋谷南平台…とすれば納得がいく。
 いまどき執事がいる。料理長がいる。むろんメイドさんのスカートは19世紀ヴィクトリア朝のフレアが附けている。
 湘南の海辺を走る。運転は危なっかしくて。昨日は箱根まで行ってきたの。
 ああ、そう…と筆者は次の詩を受け取る。近くまで来たら、連絡していい? でも助手席には乗らないよ。いいのよ、いいの。逸らす目が哀しい。
 筆者は聞きながら、漫然と母のことを想い出していた。
 若い頃の母もこんなだったのでは?
 山城で名高い高取城。荒れ城で、瓦の散乱が著しい。そんな昭和初期、母は近くにある御殿医の石何某の中庭にある薬局で薬剤師をしていた。
 うら若き身で、厳しい修行の日々で。
 その合間を抜け出して若き母は高取城の廃墟に登る。
 相手は二高文科に通う青年だったとか。
 高取の街では噂に。富豪の薬事商の息子と薬剤師の愛染かつら。しかしその燃える恋も、折から大阪から見合いにわざわざ高取城の麓まで来た青年実業家との見合いで消えた。
 筆者の父である。軍需工場の社長さんやて。後妻やけれど、大金持ちや。あんた、橿原神宮でお神楽、舞いやった、その姿を見初めたんやて。
 と、旧家の医院の御寮(ごりょん)さん。
 早速庭の灯篭のわきで写真を撮らせ、初恋の相手を知るか知らぬか。そ知らぬ風で、箪笥ひと竿、嫁入り道具ひと揃え、かんざし、おべべ、白足袋に扇子。何もかも揃えてくれはったんや、もう、お父ちゃんとこへ行くしかなかったんやね、と母。
 高鳥奈緒も同じ道を…
 歌の好きな母は、本当は宝塚志望であったとか。
 歌曲が大好きで。これが最後の逢う瀬と高取の城跡へ。
 筆者がまだ小学生のころ、母は一人っ子の筆者に、そっとうちあけたのだった。大学生になり、高校教師をしていた頃、母を車に乗せて高取の城跡まで行った。
ここや、ここで暮らしてたんや。
 母が指さすところは、単に畑だった。この場所に家老の役宅があり、維新で家老が引っ越して行ってしまった空き家に行く当てのない藩校の儒学者たちの家族が間借り住まいをしていたという。藩校教授と崇められても、時が移ろうと、哀れなものだった。
 『三田文学』の事務所でこの話をしたら、ぜひエッセイにしたらどうだと勧められた。「光のえんすい」というタイトルで世に出た。高取城から帰路、暗がりに向けてヘッドライトを灯すと、円錐状に前方の風物がくっきり現れる。そこだけが現実で、その外側は目にも止まらず流れ去る。過去などはそんな風に朽ち果てるものなのだ。
 高取藩の藩校教授の孫娘として、維新後に貧乏していても儒学者の誇りを持って育ったであろう母にも、秘めたる恋の逢う瀬があったのだ。母と一緒に、割れ瓦の散乱する城跡で診た光景は今も鮮烈に筆者の脳裏に遺っている。が、母は他界して早や40年。筆者の肉体もやがて潰え果てるであろう。絶え果てれば、光のえんすいの光景も母のロマンも消滅してしまう。
 上空には高々と鳥が舞う…
 高鳥奈緒は我が母のことなど、知る由もない。増してや 古都奈良にある高取城での思春期の男女の出会いなど、知る由もない。
 だが、今日も空高く鳥が舞う。
 それは詩人高鳥奈緒の玉の緒とわが母の青春時代をつなぐ心の玉の緒を知るかのように。
  弐。大内裏の恋
 
 奈良の都も今は昔。その桜が京の内裏に匂いぬる日も鎌倉の世に至りて、奈緒ならぬ恋多き式子内親王の時代となる。恋の想いは変わらない。忍ぶことの辛さをこらえきれず、
 
  玉の緒よ 絶へねばたへね 永らへば
    忍ぶることの 弱りもぞする
 
 と詠む。新古今の時代でこの才女が愛したのは定家といわれるが、定家は和歌の大家。玉の緒とはむろん「命」のこと。この恋は辛い、いっそ死んでしまえば、かくも苦しい耐え忍ぶこともあるまいに。という思いは、当時の宮廷を取り巻く仕来りに圧し潰されそうだからだ。人目の惨さ、讒訴の罰の恐怖。偏見の数々に純愛を通すこともままならぬ。
 親王の想いは後世、九条武子や白蓮にも通じるが、現代浪漫歌人の高鳥奈緒の世界でもある。
 「忍れど色に出でにけり我が恋は」も同じくに、中世にいたると近松の冥土の飛脚となり、それを経て紅葉の金色夜叉に受け継がれ、今日まで営々と。さながら白蛇伝の如く日本の女性に纏いつくのである。
 その先端に、高鳥奈緒の歌があると思えば、どなたも納得されるであろう。振り切れないしがらみに、思いやりの深い奈緒はその思いを断ち切れない。
 筆者は戦前のスローバラードの巨星淡谷のり子の別れや雨の歌と重なり出てならないから、ぜひ淡谷さんのような歌にしてしまえと示唆した。おもえば自分がってな、悪い奴である。ひばりちゃんのステージ復帰第一弾として出た「みだれ髪」の作詞者星野哲郎は死に臨むほんの数年間、筆者の人生語りのお相手であったが、かれもまた高鳥奈緒のごとく、断崖の虚空に舞う鳥のような存在であった。
  憎や恋しや 塩屋の岬
  投げて届かぬ 想いの糸が
  胸にからんで 涙をしぼる
 
 高鳥奈緒の心の糸も昨日の夜更けにふつりと切れたと、電話の糸から漏れ受け給う。さりとて、筆者は如何ともしがたい。まさか沖の瀬をゆく底引き網にもつれてかかるのでは…。
 高鳥奈緒の詩情は最果ての断崖の、怒涛に打たれて途切れ途切れに舞う心の糸である。明治大正の風土になぞらえれば、勝ち気で抗議的な晶子というより、いつも勝者の陰て負けて泣いて小浜の小藩の洋館に身を寄せて、独り海に涙する山川登美子の生まれ変わりであろう。
 八代亜紀やテレサテン、秋元順子と続く女性歌手のこの種の怨念は高鳥奈緒の胸のなかで沸々と煮え滾る。
 
  参。高鳥奈緒の誕生
 
 かくて高鳥奈緒は現代の浪漫文壇に彗星の如く誕生した。
 その情念の凄さ、絡まりの恐ろしさは文章家の河内裕二の心をもとらえる。
 だが思うに、彼女は初の誕生ではない。
 筆者は短編「父の宿」で奈緒を一度登場させている。
 もう20年も前のことになるが。
 伊豆は松崎にその宿は実在する。
 元は庄屋の建物で、天保時代の建物は知る人ぞ知る。
 この「父の宿」という作品の成り立ちは、主人公の父がそのむかし、愛する女性とお忍びで伊豆松崎に宿をとった夜のことを打ち明けられる、老いたる父の、秘めたる人生の一ページで。その、たった一夜のことが気になって、主人公もまた同じ部屋で愛する女性と一夜を共にするのだが、図らずもその夜更け、たまたたま投宿した見知らぬ夫婦の破綻の果ての愁嘆場に遭遇する。
 それを目撃する奈緒の心境が現実の詩人の心そのものとは言わないが、このフィクションにみる、縺れた愛のタブルイメージは高鳥奈緒の詩の世界と重なってならない。筆舌に尽くし難いとはこのことで。
 何のゆかりもないもう一つの夫婦が破局を迎える、その渦の中に惹き込まれた男女は明け方、高鳥奈緒の詩の内奥のごとく、暗黒の淵に点々と灯火の映ずる水の面に没していく妻の姿を己の姿に重ね合わせるのである。
 我が国の浪漫詩は第一次浪漫主義文学の嚆矢「みだれ髪」から始まって、鳳晶子、登美子、昌子の若さと解放と重圧とが交互に個人を責め悩ませた日本型浪漫時代の迸りに端を発する。彼らが年齢を重ね、与謝野鉄幹が政界に走るなど、珍事が起きて自滅の兆しさえあったが、われわれの学会においては、ともすればリアリズムが託つ無感覚で感性の乏しい現実主義に文学の牙城を明け渡した感があるが、それはリアリストの思い上がりでしかないと言いたい。
 文学は浪漫をおいて、他にない。
 情念を抑えたロジックの重さは文学ではない。
 高鳥奈緒の詩を見よ。
 絶えかけて久しい、熱い人間の情念の燃え盛るさまに君の胸を焦がしてくれ給え。
 翔ぶのよ、夜空を   高鳥奈緒
 
 いつから想像の翼を落としたの?
 あなたが幼い頃、背中に持っていた想像という翼
 大人になったら想像の翼はもういらないの?
 大人だからなおのこと、想像の翼で自由にはばたけるのに
 もっともっと自在な自分になれるはず
 あなたの背につけて想像の世界に翔びたいのよ、わたしは…
 Fly, fly, fly…
 Away over the rainbow…
 沢山の誤解、ほんの些細なことで傷つきひっそりと飛ぶわたし
 水溜りに雨の波紋
 湖にさざなみ
 心は翼の先端よ、ほら、ほら、湖のきらめきを浴びて
 心無い言葉いちいち反応して翼が揺れる
 でも立て直せるんよ、少し離れて自分を
 心の避難所は永遠のネバーランド。 (June 28, 2023)
現代浪漫詩人 その1.高鳥奈緒
 
心は孤独な旅人  高鳥奈緒
 
    僕は書かねばならない。濱野成秋
 
 僕の心の文学を拓いてくれた女流作家や詩人はいっぱいいる。学生時代には津村節子や郷静子がいる。
 津村節子は社会派。郷静子は鶴見女学校を卒業後、戦乱の巷を生き抜いて文学学校にかよい、「れくいえむ」で文壇に登場した。津村同様、芥川賞をとったが、そんなきらびやかさは微塵もない人だった。鶴見女学校から日本文学学校へ。郷静子にあったのは戦後の新日本文学を率いていた野間宏、中野重治、佐田稲子に針生一郎や黒井千次の頃で、新日文は共産党と抗争を繰り返すさ中だったか。郷の心には日本中に黒雲垂れ込める暗い日々であったはず。
 そして今、同じ鶴見女学校出身の高鳥奈緒を紹介することになって感無量である。
 高鳥奈緒には、孤独で、状況に翻弄され、行方定めぬ旅人の黒雲がある。この点では郷静子に等しくするか。だのにその内奥には沸々と滾る思いが噴き上げる。
 父や母との確執、それが自己の内部をかき乱し、夫との齟齬へ、確執へ。思い詰める日々は壮絶。さながらギリシア悲劇のエレクトラである。
 西洋では孤城に幽閉されたファムファタル的存在か。現代ジャパンでは、郷静子が静かに没して十年。高鳥奈緒が彼女なりのレクイエムを背負って、鶴見文学の旗手となり、金子みすゞの世界にも通底する筆致で詩を書き散らす。
 みすゞのようでありながら、みすゞにあらず。
 奈緒は叫ぶ。ハウル。ギンズバーグのごとく迸る言葉の洪水が噴出する…。
 怒ッタコトモ 高鳥奈緒
 
  怒ったことも
  笑ったことも
  癒やされたことも
  疲れたことも
  ときめいたことも
  人を愛したことも
  人を憎んだことも
  傷ついたことも
  傷つけたことも
  すべてがあって。
 
 恋の魔法
 
  時よ、止まれ
  魔法使いになりたい
  この瞬間
 
 人が好きだよ
 
  人に傷つけられたのに
  また人を好きになっている
  それは私、高鳥奈緒
  あの人を想えば
  魔法使いになりたい
  恋の魔法を
  いっぱい賭けてやる
 瞳
 
  あなたの瞳が
  私を離さない
  私の瞳が
  あなたを離さない
  キバを剥けば
  キバを剥く
  笑みを向ければ
  笑みがかえる
 
 無い物
 
  無い物かぞえたら
  足りない
  有る物かぞえたら
  いっぱい
 素直に生きたい
 
  素直に生きたい
  心 つくしたい
  優しく 強くありたい
  正直に 生きたい
  楽しみを見出したい
  おおきく 広い心をもちたい
  ゆっくりと
  雪が春に溶けるように
  あなたの心に寄り添う気持ちで
  それが私の気持ちなの
 
 心の文学を拓いてくれた女流作家や詩人には、西洋ならエミリー・ディッキンソンがいる。理屈っぽくて高邁すぎて。だから日本では多識を競うタイプにも愛されている。その目で郷静子さんを診れば沈んで見えようし、高鳥奈緒をみれば、多情多恨。自分とは異なる情熱があふれこぼれて、名門鶴見女学校の金字塔かと思える。府立第一高女の鳳晶子にも通じるか。梅花の増田雅子か。小浜の山川登美子も想わせて今に生きる。金子みすゞの再来とも声が高いが、吾等の学会が抱える作家詩人の中では最も謎の多い人物でもある。成秋筆。