日本浪漫歌壇 夏 文月 令和四年七月十六日収録
       記録と論評 日本浪漫学会 河内裕二
 
 七月中旬といえば平年では梅雨明けの時期であるが、今年は観測史上最速の六月二十七日に梅雨明けとなった。異例はそれだけでなく、梅雨が明けると最高気温が三十五度を超える猛暑日が続いた。七月に入ってようやく気温は一段下の真夏日まで下がったものの、三十度超えでは依然として暑い。幸いこの数日は雨天のためか三十度を下回る夏日が続いている。これほど最高気温を気にするようになったのは、外出時にマスクを着用するからである。身体に熱がこもれば熱中症になる。
 歌会は七月十六日午後一時半より三浦勤労市民センターで開催された。出席者は三浦短歌会の三宅尚道会長、加藤由良子、嘉山光枝、嶋田弘子、羽床員子、日本浪漫学会の濱野成秋会長、岩間滿美子の七氏と河内裕二。三浦短歌会の清水和子氏も詠草を寄せられた。
 
  新聞はどこから読むのと聞く友に
     テレビ欄だと即答をする 光枝
 
 作者は嘉山光枝さん。ご友人との会話で新聞が話題となり、普通は一面から順に呼んでいくと思うが、ご自身は後ろから読んで最後に一面に行くと言って驚かれた。小説なども同様に結末を最初に読むことがあると伺ったが、推理小説には、ミステリーとサスペンスがある。最後まで犯人やトリックのわからないのが「ミステリー」で、すでに読者にはわかっている犯人を主人公が追い詰めていくのが「サスペンス」である。嘉山さんは『刑事コロンボ』がお好きなので、要するにサスペンス派ということである。
 
  子供のころ自転車屋さんあった場所
     今は軽自動車三台並ぶ 由良子
 加藤由良子さんの作品。子供の頃に近所にあった自転車屋さんはすでに無くなり今はその場所が駐車場になっている。その光景を見て昔あった自転車屋さんとその二階で生活していた店主のご家族を思い出された。近くには八百屋もあったがそれも無くなった。みんなよい人たちばかりだった。今はいなくなってしまった人たちのことを思い出されて詠まれた歌である。
 
  書く人に残日かぞへと責める身に
     炎天傾かたぶき降る里しぐれ 成秋
 
 作者は濱野成秋会長。一族についての歴史書を書き始められた方に、あるとき濱野会長がアドバイスをされた。その調子で書いていると、この先の残りの人生を考えて、完成できないと自戒の念も込めて助言された。しかしすぐにその発言を後悔された。下句にそのお気持ちが表現されている。「降る里」は「古里」と掛詞で「炎天」とあるのでお盆を連想させる。先祖のお墓参りもしていない自分が、先祖の歴史を一所懸命に書いている方に無神経な助言をして、お天道様がお怒りになった。素晴らしい表現である。
 
  列島が真赤に染まる天気予報
     梅雨は明けしもいまだ六月 員子
 
 羽床員子の作。今年の六月は異例だった。早々と梅雨が明け、六月とは思えない真夏のような暑い日が続いた。その厳しい暑さを天気予報で表現された。日差しで「真赤に染まる」のではなく、テレビの天気予報に映し出される色が真赤というのが面白い。
  御社みやしろの白木の門にやおら触れ
     病むおとおもふ薄月の夜 裕二
 
 筆者の作。弟の具合が最近よくないと聞いていたので、地元の神社の近くを夕方に通りかかった際にお参りしようと寄ってみた。ところがすでに拝殿に入る門が閉まっていて、仕方なく門前で拝礼した。「薄月夜」は俳句では秋の季語なので七月の歌会には相応しくないのではとも思ったが、短歌であるのと内容として季節感がとくに重要ではないことから、歌のイメージ合う「薄月の夜」とした。
 
  梅雨開けて常ならぬ世となりしとも
     なほ常なりし日々を楽しも 滿美子
 
 作者は岩間滿美子さん。今の世情や心情をストレートに詠われた。どこか哲学的で深みのある歌である。岩間さんのお話では、少し前に行かれたご旅行で、ある方から「天の声」についての持論をうかがったそうで、その方の考えでは、神様は口をきかないので、人を使ってその声を伝えている。人が語るのを聞いてそれをありがたく思えば、その言葉は「天の声」であり、その「声」を拾って生きるとよい。本作は「天の声」は日常の中にあるとご自身に言い聞かせるように詠まれた歌なのかもしれない。
 
  さまざまな人は過ぎ行く空港に
     我も過ぎゆく那覇の夏空 尚道
  
 作者は三宅尚道さん。実際に那覇空港で多くの人が行き交うのを目にされて、歌のように思われた。本作は旅が人生の喩えであるかのようで、一読すると、「月日は百代の過客にして」で始まる松尾芭蕉の『奥の細道』の序文が思い浮かぶ。芭蕉が北に向かうのに対し、三宅さんは南の沖縄へ。結句の青く眩しい空のイメージがどこまでも広がってゆく。
  「足音で育つ」と云われる野菜哉
     長靴履いてサクサク豊作 弘子
 
嶋田弘子さんの歌。嶋田さんは家庭菜園を始めるときに農家の方から野菜は「足音で育つ」と教わった。半信半疑だったが、たしかによく通って育てた野菜はできがよい。実際に音が影響するのかはわからない。ただ今年も手をかけ、愛情をかけて育てるとよい野菜ができるのを実感された。インパクトのある言葉で始まる上句に対し、下句は言葉の響きとリズムがよく、野菜作りの楽しさが大いに伝わってくる。
  
  床並べ語り疲れて寝返れば
     娘の寝顔に幼な見えたり 和子
 
 作者は本日欠席の清水和子さん。久しぶりにふたりの娘さんとホテルに泊まり、三つの布団を並べてお休みになった最近のご経験を詠まれた。本当に楽しい時間を過ごされたのでしょう。子供はいつまでたっても子供で、寝顔を見て昔を思い出されたのでしょうか。よい親子関係であればこそ生まれてくる歌である。
 
 今回の歌会では掛詞について考えた。掛詞とは、同音異義を利用して情物と心情の二つを表す技法で、和歌ではよく用いられる。濱野会長が「降る里しぐれ」という結句で効果的に使用された。和歌では掛詞はほとんど仮名で表記されるが、現代の短歌においては仮名で表記すると全体のバランスを悪くし、不自然さが出てしまう場合もある。漢字で書いてもう一方の漢字を想像させるのが現実的である。
 筆者も今回の自作の結句を掛詞にしようとした。しかしうまくいかずに諦めた。具体的には、神社に行ったが閉まっていた不運を「運のない夜」とし、「運」を「付き」と言い換えて「付きのない夜」とする。それと掛けて「月なしの夜」とすれば掛詞になるのではと考えてみたが、全体として適切な言葉とは思えず、歌の内容や雰囲気から最終的に「薄月の夜」とした。もちろん「付き」という言葉は「ある」や「なし」とは言っても「薄い」とは言わないので「薄月の夜」は掛詞にはなっていない。それでも「あまり付いていない夜」というのが結句から強引ではあっても連想される気がして筆者は満足している。