日本浪漫歌壇 夏 水無月 令和六年六月二十二日
       記録と論評 日本浪漫学会 河内裕二
 
 来月に新しい紙幣が発行される。約二週間後のことであるが、とくに盛り上がっている様子もない。そもそもお札で重要なのは金額であって、デザインはほぼ気にしていないというのが実際のところではないだろうか。誰が肖像になっているのかは知っていても、細かいデザインまでは思い浮かべることができないのではないか。新札発行は、このところ約二十年に一度の恒例行事になっている。偽造防止や誰にとっても使いやすいように実用面での改善で新札は発行されるが、実用とは関係ない楽しみがあってもよい。多くの人にとって新札発行の関心は、選ばれる「偉い」日本人は誰かという点のみで、高額な方から偉人ランキング「横綱」「大関」「関脇」のように見て楽しんでいる気がする。気が早いが次回の肖像画はだれになるのだろうか。
 歌会は六月二十二日午前一時半より三浦勤労市民センターで開催された。出席者は三浦短歌会の三宅尚道会長、加藤由良子、嘉山光枝、嶋田弘子、清水和子、羽床員子、日本浪漫学会の濱野成秋会長の七氏と河内裕二。
 
  花冷えの庭園めぐりに着物着て
     熟女はしかとスニーカー履けり 由良子
 
 作者は加藤由良子さん。着物にスニーカーという組み合わせから、着物を着ていて上品でありながら、おしとやかというよりアクティブな感じがする。型にはまらない自由な着こなしはお洒落上級者で都会的な印象を受ける。「熟女」という言葉が重要である。若者ではちぐはぐに着物を着ていると受け止めてしまうし、高齢の女性では足が悪いのだろうと想像してしまう。
 
  「歩いてる」医師に問われて時々と
     愛犬逝きて散歩義務なし 光枝
 作者は嘉山光枝さん。犬を飼っていると散歩に行くので運動になるとはよく言われることである。作者は四年前に飼い犬が亡くなり日課として歩くことはしなくなった。下句の「愛犬逝きて」からは哀感が伝わってくる。この言葉により、犬が居なくなったので歩かなくてもよくなったという気持ちではなく、愛犬と歩くから歩くことには意味や価値があったという気持ちが表現されている。
 
  階段をあえて選んでゆっくりと
     ひとりふたりと追い越されつつ 弘子
 
 作者は嶋田弘子さん。階段を上っているシーンが見えてくる。足が衰えないように階段を使用する作者の努力に対して、当たり前に階段を上っていく人たちの軽やかな足どりは、どこか残酷な感じもするが、二句の「あえて選んで」の一言により、人はどうであれ自分は我が道を行くのだという決意が静かに宣言されている。日々自分と向き合う作者だからこそ詠めた歌である。
 
  なるようにしかならないと覚悟決め
     七十八歳明るく生きる 員子
 
 作者は羽床員子さん。現在の日本の平均寿命から考えて七十八歳で覚悟を決めるのはまだ早いだろうという意見が多かった。この歌は結句の「明るく生きる」にアクセントが置かれているので、そのためには上句のような覚悟をしないといけないと思ったのだろう。その覚悟は諦めではなく、どんなことでも正面から受け止める前向きの覚悟である。どんなことがあっても明るく生きるのだと自分に言い聞かせている歌である。
 
  百年ももとせの悲恋を抱えし坂田山
     青葉に語らめ穢れなき愛 成秋
 濱野成秋会長の作。坂田山は大磯にある山で昭和七年に若い男女の心中事件が起きた。この事件を題材に映画『天国に結ぶ恋』が作られ、映画を観た多くの男女が坂田山で心中を試みた。そのことを知る人は今ではほとんどおらず、純愛を貫いて亡くなった若い人たちのことを今の若者にも語るべきで、そのような思いから詠まれた重みのある歌である。斎藤茂吉は心中事件が頻発した昭和七年に次のような歌を詠んでいる。
 
  心中といふ甘たるき語を発音するさへいまいましくなりてわれ老いんとす 茂吉
     
 
  泰山木咲くのを待てり友は逝き
     今は何処に白い花影 和子
 
 作者は清水和子さん。食堂からは泰山木が見えて五月、六月になると白い花が咲く。毎年花が咲くのを楽しみにしていた友人とは泰山木が咲いたよと言うのが朝の挨拶だった。それが十年以上続いていたのに、今年友は泰山木が咲く前に亡くなってしまった。彼女のことを思い出すときには、いつも泰山木の白い花と一緒とのことで、下句はどこか幻想的である。
 
  緑道に整備と掲げ一日ひちひにて
     消えし街路樹鳥のこゑなし 裕二
 
 作者の作。家の前の緑道が一日にして変貌した。大きな街路樹が並び灌木が茂る緑豊かで緑道と呼ぶに相応しい歩道だったが、ある日仕事から戻ると木々の一本もない見慣れない風景が広がっていた。ときどき木の剪定が行われていたが、フェンスが張られたことはなかったので、長い距離に渡ってフェンスが張られた前日に、立てられていた説明看板を見に行った。作業内容については、緑道の整備とだけ書いてあった。まさか木々を根こそぎ切り倒し排除するとは思わなかった。そこで何十年もかけて育った木を無感情で切り倒す作業が行われたのを想像すると怒りと悲しみが込み上げてきた。次の日、木が無くなったことで鳥の鳴き声も消えてしまったことに気づきさらに悲しい気持ちになり歌を詠んだ。
  感染症いつでも誰でもかかりをり
     真夏日続く六月の朝 尚道
 
 作者は三宅尚道さん。最近になってまたコロナウィルス感染症が少し増えてきているようである。熱中症に注意が必要なほどの暑さの中でコロナに感染して高熱を出せば体への負担はさらに大きくなる。実際に一年前に作者は経験したそうである。六月なのに真夏日が続き、さらにコロナにかかる。自分の身に降りかかった不運を「いつでも誰でもかかりをり」と抽象度を上げて表現するところにこの歌の面白さがある。
 
 短歌の決まりは五・七・五・七・七の三十一音にすることぐらいで、他にこれといった決まりもなく、かなり自由に作歌することができる。音数についても字足らずや字余りも大丈夫なので、三十一音も絶対的なものでもない。また、カッコや句読点を使ってもよい。カッコを使用すれば会話を入れることができるし、句点を打つことでも同様かもしれない。アルファベットが入ってもよい。今回嘉山さんの歌は初句にカッコを付けることで、歌全体が上手く組み立てられた。筆者はカッコや句読点を使ったことがない。効果的で表現の幅が広がるのであれば使うこともやぶさかでないが、できる限りオーソドックスな形で表現する努力をしたい。
日本浪漫歌壇 春 皐月 令和六年五月十八日
       記録と論評 日本浪漫学会 河内裕二
 
 数字を語呂合わせにするのはよくあることで、本日五月十八日は、「五」と「十」と「八」で「ことば」となり、日本記念日協会は五月十八日を「ことばの日」としている。同協会によると、「ことばの日」としたのは、「ことば」を大切に使い、「ことば」によって人と人とが通じ合えることに感謝し、「ことば」で暮らしをより豊かにすることが目的とのことである。歌会を行うのにこれ以上ふさわしい日はないであろう。
 歌会は五月十八日午前一時半より三浦勤労市民センターで開催された。出席者は三浦短歌会の三宅尚道会長、加藤由良子、嘉山光枝、清水和子、羽床員子、日本浪漫学会の濱野成秋会長の六氏と河内裕二。三浦短歌会の嶋田弘子氏も詠草を寄せられた。
 
  春野菜いく種も並ぶ無人店
     新じゃがを買い今日の夕餉に 光枝
 
 作者は嘉山光枝さん。無人販売で自動販売機などを使わずにお客自身が商品代金を置いてゆく場合、不正が行われないことを前提としているが、残念なことに実際には売上合計が少ないことがほとんどだそうである。それでも無人店で販売するのは、商品を安く提供したいからで、それは買う方にとってもありがたい。嘉山さんもよく利用するとのこと。新鮮な野菜が安く買えて、それを美味しくいただく。一部の心ない人のためにそれができなくならないか心配しながらこの歌を詠まれた。
 
  スーパーでママの買い物待つパパの
     幼はパパの股くぐり遊ぶ 由良子
 作者は加藤由良子さん。実際にスーパーで見かけた家族について詠まれた歌である。混み合った店内で母親が買い物をするあいだ父親と子供が持っている。子供はまだよちよち歩きでとても可愛く微笑ましい光景だったそうである。「スーパー」「ママ」「パパ」とカタカナ語の響きが良いリズムを奏でていて単調な調子になるのを避けている。
 
  なぜなぜと動かぬ体に腹を立て
     九十五年の感謝忘れて 和子
 
 清水和子さんの歌。年をとれば誰でも体の動きは悪くなる。それを嘆くのではなく怒るところに作者のエネルギーが感じられ、まだまだお元気なのが伝わってくる。しかも下句で怒った自分を客観視する冷静さも示され、体だけでなく心もお元気である。清水さんでなければ詠めない歌である。
 
  朝夕べ野栗鼠は来たりわが庭の
     夏柑食す五月の御馳走 尚道
 
 三宅尚道さんの歌。三浦にはリスがたくさんいて、人にも慣れていて家の庭などにも平気でやって来るそうである。作者は実際に庭の夏柑を食べられたが、わざわざ食べに来るのだからあの酸っぱい夏柑もリスにはごちそうなのだろう。しかも頻繁にやって来る。リスはその体型や動きが可愛らしく見えて得をする。食べられても何だか許したくなってしまうのではないだろうか。歌からは怒りは全く感じられない。リスにどこか癒やされているようでもある。
 
  なりふりも構はず急ぐ若者の
     睨みつけたる赤信号機 裕二
 筆者の作。朝の通勤・通学時間帯に歩道を全力で走っている若者を見かけた。制服姿なので高校生である。寝坊でもしたのか、遅刻を免れるために必死なのだろう。自分も高校生の時には同じような悪あがきを何度もくり返したので気持ちがよく分かる。そんな一刻を争う時に信号が赤になると怒りが込み上げてくる。さらに行く先々でも赤信号となるとやがて怒りが絶望に変わる。真剣な高校生には申し訳ないが、昔の自分を思い出して、懐かしく可笑しい気分になった。
 
  飛鳥川子等と遊びし日々もとめ
     歩めど叫べど天空深し 成秋
 
 濱野成秋会長の作。明日香村は風致地区なので今でも田んぼなどが残っていて美しい風景が広がっている。作者はおばのお墓もあり、明日香村を訪ねた。子供の頃に飛鳥川で遊んだことがあるが、その時に一緒に遊んだ子たちはどうなったのかなどと思って、今その場所を歩いてみても、彼らの名前を叫んでみても当然誰もいない。思い出だけが自分の中に残る。歴史的なものが多く残る場所で、詠まれていることが味わいを深めている。さらに結句「天空深し」で時間的だけでなく空間的にも広がってゆく。
 
  年老いた我を見つめる娘居り
     娘のくるを見つけた我居て 弘子
 
 作者は嶋田弘子さん。母親、自分、娘に渡って重なる歌で、それぞれが同様の経験をしていると思えば、「我」と「娘」は自分と娘であり、また母親と自分でもある。
みな年をとるが、母が老けるのを見る娘は寂しい気持ちで、娘が老けたのを見る母親は複雑な気持ちだろう。自分と娘のことであれば話は単純だか、そこに自分もかつて娘だったという視点を持ち込むことで時間軸を変えて、自分の母親をも含めるのが作者の非凡なところである。
  白樺の新芽の葉先の雨粒が
     真珠となりて朝日に耀う 員子
 
 作者は羽床員子さん。光景が目に浮かぶ。四句はもともと「ひとつぶ降りて」という句を考えられたが、「真珠となりて」に変更された。この変更がなければ、美しい言葉は並ぶものの説明文になっていた。「真珠となりて」を入れたことで説明文になるのを回避し、趣のある詩となった。
 
 短歌は身近なことを詠うことが多い。三浦の歌会では野菜などの食べ物が歌によく出てくる。周りには畑も多く、家庭菜園をしている方もおられるので、そうなるのだろう。今回も嘉山さんと三宅さんの歌には出てきている。考えてみると、筆者には食べ物に触れた歌が極端に少ない。おそらくあってもわずか二、三首だろう。人間にとって最重要で理解や共感を生みやすい食べ物をうまく活用すれば、歌の幅が広がるのではないか。そう思った。
日本浪漫歌壇 春 卯月 令和六年四月二十日
       記録と論評 日本浪漫学会 河内裕二
 
 今年は三月下旬に寒の戻りがあり、桜の開花が平年より遅くなった。日本では入学式に桜というイメージがあるが、温暖化の影響なのか近年は開花が早まる傾向にあり、ここ何年も満開の桜の下で入学式を迎えたことはなかった。そもそも四月入学は世界では日本ぐらいのもので、会計年度が四月から始まるのでそれに合わせたためである。ただ、満開の桜ほど入学を祝う雰囲気にふさわしいものもなく、今年は久しぶりにイメージ通りの入学式になり喜ばしい気持ちになった。今後温暖化が進み、桜の開花がさらに早くなっていけば、いずれは桜が卒業を祝うものになるのかもしれない。
 歌会は四月二十日午前一時半より三浦勤労市民センターで開催された。出席者は三浦短歌会の三宅尚道会長、加藤由良子、嘉山光枝、嶋田弘子、清水和子、羽床員子、日本浪漫学会の濱野成秋会長の七氏と河内裕二であった。
 
  「良くぞケッパッタ!」の声援とんで
     六十才差の尊富士まぶし 由良子
 
 作者は加藤由良子さん。大相撲春場所で百十年ぶりに新入幕力士で優勝を飾った尊富士の相撲から目が離せず、見られないときには録画までして每日欠かさずに見たとのことである。尊富士の出身地である青森の方言で「がんばった」を「けっぱった」と言うらしく、最終日の場内で一際大きく「よくぞけっぱった」という声援がとんだ。作者には孫よりも若い力士の活躍が眩しかったそうである。尊富士というしこ名もよい。来場所も楽しみである。
  ピカピカの一年生等帰り道
     話しに夢中歩み進まぬ 光枝
 
 作者は嘉山光枝さん。光景が目に浮かんでくる。「ピカピカの一年生」とは小学一年生向けの雑誌のキャッチフレーズでもあったと思うが、これほど入学したばかりの小学生をうまく表現できる言葉もない。新入学で学校では緊張感もあるだろうが、帰り道にはそれから解放されて仲の良い友人と楽しく話しながら家に戻る。時代を超えて見られる光景だろう。しかし最近は少子化で子供の数も少なくなったので、多くの地域ではクラス数も減っていて、新一年生もみなよく知った者同士という感じなのではないだろうか。いったいどんな話をしているのかなどと考えてみても楽しい歌である。
 
  電車来て乗る私にあたたかき
     手を差しくれし忘る日はなし 和子
 
 清水和子さんの歌。電車に乗るときに前に並んでいた人が振り返って手を差し出してくれたことがあった。その手の温もりが忘れられないという歌である。電車とホIムには隙間や段差があり、年配の方は乗り込むときに緊張する。手を貸してくれるというささやかな気配りは、自分も大事にされているのだという気持ちにさせてくれる。最近では、お年寄りに席を譲ったり、困っている人に手を差し伸べたりするのが当たり前ではなくなってきているのかもしれない。電車やバスに乗っても周りを見ている人はあまりいない。ほとんどがスマホの画面をのぞき込んで「自分だけの世界」に入っている。人の優しさを感じるのが難しい世の中になってきているようで残念である。
  たれが我を分かろうか我にしか
     分からぬこの我教えて我よ 弘子
 
 作者は嶋田弘子さん。「我」という言葉が繰り返され、どこか鬼気迫る感じすらする歌である。自分は何なのか自分自身に問いかけるも、その答えは見つからない。しかし問いかけずにはいられない。筆者はこの歌を読んで、デカルトの「コギト・エルゴスム」(われ思う、ゆえにわれあり)を思った。すべてを疑っても、疑っている私という存在を疑うことはできない。つまり自分とは何かと考えること自体が、自分が存在することを示している。作者はデカルトを意識してこの歌を詠まれたのだろうか。三宅さんは釈迦の「天上天下唯我独尊」を思われたそうである。
 
  利休梅小道の庭に咲き満ちて
     白無垢姿の花嫁のごと 員子
 
 作者は羽床員子さん。知り合いの方の庭に咲いている梅があまりにきれいだったので、何という梅なのか尋ねたら「利休梅」という名前だった。梅の花は桜と違ってどこかかわいらしいところがある。その白い花を白無垢姿の花嫁に例えられたのは納得である。
 
  桜散りて花見を想う常日頃
     時の罪人つみびといとひて久し 成秋
 
 濱野成秋会長の作。花見を想っても桜はもう散っている。何かをやろうとしても時はめまぐるしく進んで行き、何もできずに一日が終わってしまう。決してわれわれを待ってはくれない。時は罪人でいとわしいと作者は昔から思っている。「時の罪人」という表現は独特だが、誰もが時間の過ぎるのは早いと感じているもので、強く共感できる歌になっている。
  身命は何故なにゆえさよう儚きや
     思ひ嘆けば月はかたぶき 裕二
 
 筆者の作。「身命」は「しんみょぅ」もしくは「しんめい」と読み意味は文字通り「身体と生命」である。人の命はいつ終わるのか分からない。若くして亡くなった人のことを聞くと気の毒な気持ちになるとともに自分はまだ大丈夫という思い込みなど全く無意味であることを思い知らされる。突然の病で亡くなるかもしれないし、健康に気をつけていても事故で命を奪われるかもしれない。今日眠ったら二度と目覚めないかもしれない。自分もいつかは亡くなるのだというような悠長な気持ちではいられなくなり、明日亡くなったらどうなるのか。そんなことを考えていたら夜が明けてきた。
 
  四月にてはや夏日なり眠られず
     猫の如くに廊下に眠る 尚道
 
 三宅尚道さんの歌。犬や猫は汗を分泌する汗腺がないので暑さにはたしかに弱いだろう。作者が猫のように廊下で寝ている姿を想像すると笑える。飼い主が寝ているところに猫も来て寝ていたらさらに面白い。まだ四月。夏になってさらに暑くなったときにはどうするのか心配になる。
 
 今回の加藤さんの歌にはしこ名ではあるが、人物の名前が登場する。歴史上や伝説上の人物であればまだしも、現存する人物の名前を作品に入れることには、筆者はどこか抵抗感がある。しかし具体的な名前があげられても、人物を讃えて、想像をかき立てるような歌のできることが加藤さんの作品でわかった。人名の含まれる歌にも今後は挑戦してみたいと思った。
日本浪漫歌壇 春 弥生 令和六年三月十六日
       記録と論評 日本浪漫学会 河内裕二
 
 インターネットで「今日は何の日」といった記念日を紹介するサイトを見ると、三月十六日は「国立公園指定記念日」となっている。一九三四年の三月十六日に日本で初めて国立公園が指定されたためである。場所は瀬戸内海、雲仙、霧島の三箇所である。それ以来、いくつもの場所が国立公園に指定され、現在では全国に三十四箇所もある。国立公園は国が管理するが、都道府県が管理する国定公園というのもあり、そちらは現在五十八箇所が指定されている。世界で初めて国立公園に指定されたのはアメリカのイエローストーンで一八七二年のことである。貴重な自然が国立公園として守られるのはよいことだが、裏を返せばそうしないと守られないということで、そう考えると寂しい気分になる。歌会を開催している三浦の自然もいつまでも残ってほしい。
 歌会は三月十六日午前一時半より三浦勤労市民センターで開催された。出席者は三浦短歌会の三宅尚道会長、加藤由良子、嘉山光枝、嶋田弘子、清水和子、羽床員子、日本浪漫学会の濱野成秋会長の七氏と河内裕二であった。
 
  申告を済ませ厳寒を戻りくれば
     河津桜のほころびており 由良子
 
 作者は加藤由良子さん。寒い中、確定申告を済ませて帰ってくるとお家の近くで河津桜が咲いていたという申告日のひとときを詠まれた歌である。それまで申告のことで頭がいっぱいで桜が咲いていることに気持ちが及ばなかったが、申告を済ませてようやく周りを見る余裕が出で気がついた。毎年申告を行う人でも申告時にはなぜか緊張感があり、済ませると安堵の気持ちになる。申告を行った人には共感できる歌であろう。
 
  空高くピーヒョロロと鳴くトビ数羽
     旋回しては急降下する 光枝
 作者は嘉山光枝さん。三浦ではトビが多く飛んでいる。空高くを飛んでいると感じないが降りてきて近くで見るとその大きさに驚いてしまう。筆者は日常的にトビを見ることもなく、ピーヒョロロと鳴くとは知らなかった。嘉山さんのご自宅の近くではトビがよく急降下する。その辺りには野生のリスやウサギがいるので、それらを狙って降りてくるのではないかとのことであった。トビのダイナミックな動きを感じさせる歌である。
 
  幼き日孫の好物は「鮭の皮」
     思いてつつく朝食の膳 和子
 
 清水和子さんの歌。「鮭の皮」を詠うのがとてもユニークである。魚の皮の好き嫌いは人によるだろうが、見かけはあまりよくないものの食べてみると意外と美味しかったりするのは誰もが経験しているだろう。魚の美味しさはよく「あぶらが乗っている」と表現される。皮の裏にあぶらが付いているので、魚好きには皮は「好物」になりうる。清水さんのお話では、小学生だったお孫さんは学校で好きな食べ物を聞かれ、「鮭の皮」と答えたそうである。下句のように、今でも朝食で鮭を食べるときにはいつもそのお孫さんを思い出される。孫を思う作者の温かい気持ちが伝わってくる。
 
  健康維持肉にサプリに運動や
     いい塩梅はかたげなりしや 弘子
 
 作者は嶋田弘子さん。一番大切なのは健康だと誰もがわかっている。でもそれをどうすれば維持できるのか。多くの人が「限定」という言葉に弱いのと同様に、「健康」という言葉にも弱い。巷には「健康維持」や「健康増進」をうたった製品や様々な健康法があふれている。いったい何が「正解」なのか誰もが知りたいと思うその心理を意識して、共感を生み出す歌にされている。この歌の巧みさは、作者が言いたい「何事もいい塩梅は難しい」ということを健康と絡めて述べることで読者を惹きつけて伝えることである。製品販売と同様の戦略である。
  郵便の配達バイクは電動で
     静かに来たり三月の朝 尚道
 
 三宅尚道さんの歌。郵便配達や新聞配達のバイクといえば長らくカブであった。その姿形だけでなく、音も慣れ親しんだものになっている。歌にあるように最近は電動バイクに代わってきていて、形こそ似ているが、音はなくなりつつある。人によっては毎日ほぼ同じ時間帯にやって来るバイクの音が、時を告げる鐘のような役割を果たしている。注意したいのは、この歌は静かなバイクを詠むことで、実は昔ながらのバイクについて語っている点である。
 
  浪漫の初夏とはなりぬ燕子花かきつばた
     昔の人にわが身袖振る 成秋
 
 濱野成秋会長の作。「袖振る」で終わる歌というと額田王の歌が思い出される。野の番人ならぬ昔の人に袖を振る。咲くのは紫色のかきつばた。長い時間を飛び越えて昔がいまに甦った感覚になる歌である。「かきつばた」といえば在原業平の「かきつばた」の文字を詠み込んだ歌にも思いは向く。
 
  学生が糸で描いた肖像画
     線に込めしは祖父母への愛 裕二
 
 筆者の作。勤務する学校の学生が卒業制作展で発表した作品について詠んだ歌である。その作品は一見すると色鉛筆で描かれた肖像画のようであるが、近くで見るとその細い線の一本一本が真っ直ぐ張った糸でできていた。六色の糸を重ねて、微妙な色合いを出している。筆者はそのような技法を使った作品を初めて見た。仕上がりを考えながら糸を一本ずつ張っていく。完成までに気が遠くなるような時間と労力がかかることは容易に想像できるが、その絵のモデルが祖父母なのが感動を呼ぶ。制作者は中国からの留学生で、祖父母に育てられ、彼らのことが大好きだという。愛する祖父母を思って糸を張っていく。糸で描かれたこの作品だけでなく、彼女の作品はいつも祖父母がモデルである。彼女の愛を歌で伝えたかった。
 
  カラフルなランドセル増え性別に
     こだわらぬ世の身近となりぬ 員子
 
 作者は羽床員子さん。筆者が小学生の頃はランドセルの色は赤と黒しかなかった。暗黙のうちに男の子は黒、女の子は赤と決まっていた。確かに最近は赤や黒以外の色をよく見かけるようになった。朝日新聞デジタルの記事によると、二〇〇一年にイオンが二十四色を売り出して多色化が進んだとのことで、現在は「ジェンダーレス」がトレンドだとか。この歌の通りである。ただ筆者が普段街ゆく小学生を見ている印象では、男の子は黒や青のような寒色系、女の子は赤やピンクのような暖色系のランドセルを持っていて、色のバリエーションは増えたが、なにか昔とあまり変わっていない気がする。嘉山さんの男の子のお孫さんは、親の好みで小さいときにはピンク色の服なども着ていたが、成長してくると青とか黒とかしか着なくなったそうである。社会通念は簡単には変わらなく、その影響は大きい。
 
 今回の歌会では、時間的な広がりを持つ歌はやはり重みや安定感がでてくることがよくわかった。濱野先生の歌がそうである。逆に、現在の一瞬を切り取るような作品は鮮やかな印象を残す。嘉山さんの作品などはそうしてスピード感を出している。
 
 時間の幅を考えた上で歌を作れば、新しい印象の歌ができるかもしれない。筆者はこれまで時間という点をあまり考えずに歌を詠み、完成した歌を説明する段階になって初めて時間に注目していた。短歌は三十一文字で表現しなくてはならない。良い歌を詠むには、あらゆる工夫が必要となる。
日本浪漫歌壇 秋 神無月 令和五年十月二十一日
       記録と論評 日本浪漫学会 河内裕二
 
 筆者の家の近くに市の郷土博物館がある。博物館内にはプラネタリウムもあるが、先月からプラネタリウムは改修工事のため閉館されている。再開されるのは来年七月の予定である。この時期に改修工事が行われたのは残念である。現在のようなドームに投影機で星の光を映す近代型プラネタリウムが世界で初めて公開されたのは一九二三年十月二一日である。ドイツのカールツァイス社が制作し、ドイツ博物館で関係者に公開された。そのプラネタリウム誕生からちょうど百年を迎えた時期にプラネタリウムが閉まっているのは何とも寂しい。街の歴史や文化の展示室とプラネタリウムが併設されているは、歴史と宇宙、どちらもロマンがあり、それを大切にしているからではないのか。日本はアメリカに次ぐ世界第二位のプラネタリウム設置数で、東京にも約二十箇所もある。別のプラネタリウムに行けばよいのだろうが、歩いて数分の「ご近所さん」には他にはない愛着がある。ここで観たかった。
 歌会は十月二一日午前一時半より三浦勤労市民センターで開催された。出席者は三浦短歌会の三宅尚道会長、加藤由良子、嘉山光枝、嶋田弘子、清水和子、羽床員子、日本浪漫学会の濱野成秋会長の七氏と河内裕二。
 
  彼岸過ぎ扇風機などしまい時
     暑さ和らぎ秋風の吹く 光枝
 
 作者は嘉山光枝さん。作者は毎年彼岸に夏の物を片付けるのを習慣にしておられて、歌では夏を代表する物として扇風機が取り上げられる。扇風機だとありきたりな感じがしてしまいそうだが、結句に「秋風が吹く」とあることで、風がこの歌のキーワードになり「扇風機」が不可欠な語となる。季節の変化や作者の気持ちの変化などを目に見えない「風」を使って上手く表現している。
  来年は着ることなしかと迷いつも
     好きなブラウスハミングに浮く 和子
 
 清水和子さんの歌。「ハミング」とは花王が販売している柔軟剤の商品名である。一九六六年に発売され現在も柔軟剤と言えばおそらく一番に名前があがるロングセラー商品。作者は来年にはもう自分は亡くなっていてこの世にはいないのではないかと思われることが時々あるそうで、今年もよく着たお気に入りのブラウスを洗う時にそのような気持ちになられた。ホームにお住まいで、洗濯もご自身でやらなくてもすべてやっていただけるのだが、大切なものは自分で手洗いされるとのことである。内容的には重い歌であるが、「ハミング」という商品名でありながら音楽用語でもある明るい印象の言葉によって読者の気持ちも少しだけ和らぐ。
 
  愛孫あいそんの中三女子はお年頃
     切れてイライラやがてメソメソ 弘子
 
 嶋田弘子さんの作品。中三の受験生でもあって歌に詠まれた本人にしてみれば大変なのだろうが、ユーモラスな表現に思わず笑ってしまう。読者がこの歌で楽しく笑えるのは、作者がお孫さんを愛おしく思うのが強く伝わってくるからである。言葉のリズムも素晴らしい。さらに最後は「メソメソ」と泣いて終わるが、お孫さんを想像して、そのあとにはきっと笑い声の「ゲラゲラ」か「ケラケラ」が来るのだろうと思えて楽しい気持ちになる。
  ゴーヤーは実をみのらせて気付かずに
     黄色くなりて秋空にあり 尚道
 
 作者は三宅尚道さん。実際に畑で育てているゴーヤーについて詠まれた。成っていた実の一つに気づかずに熟してしまい黄色くなったとのこと。その実をどうされたのかはうかがわなかったが、たしか黄色くなった実も緑色より苦みは少ないが食べられるのではなかったか。結句「秋空にあり」の「空」という語に高さを感じるが、作者のお話では、ゴーヤーのつるが延びて木に登っていき、高いところで実が成っていたので気づかなかったそうで、それを聞いて納得した。
 
  ヸオロンのひたぶるに恋ふ若き日は
     いずこに去りしと駅に降り立つ 成秋
 
 濱野成秋会長の歌。作者は秋になるとヴェルレーヌの「落葉」を思い出す。「ヸオロンのひたぶる」は上田敏訳の一節で、詩では「ヸオロンのためいきの」と続くが、どうしてもつい「ためいきの身にしみて」の部分を飛ばして「ひたぶるに」と続けてしまうので敢えてそのように詠ったとのことである。「恋ふ」なのでその方が味わいがある。文学青年だった作者はかつて電車に乗って大学に通っていた。それを毎年秋になると思い出し、その若き日はどこへ行ってしまったのかと、最近またその駅に降り立った時に思ったそうである。
  道の駅「おらほのめへ」とレシートに
     甘い煮豆のおこわを求む 由良子
 
 作者は加藤由良子さん。旅の思い出の歌である。旅行で立ち寄った道の駅で買い物をしてもらったレシートに書かれていた「おらほのめへ」の文字。どういう意味なのか作者も歌会参加者も見当がつかない。調べてみると津軽弁で「私たちの店」という意味であった。地元の農家が生産した農産物を売る直売所の名前になっているのである。私のことを「おら」というので、「おらほの」が「私たちの」、「めへ」は「みせ」が訛ったものだろう。クイズと同じで答えを知ると納得できる。たしかに青森に行ったときのことですと作者の加藤さん。津軽の郷土料理に甘いお赤飯があるみたいなので、それを買われたのではないか。
 
  時たゝば街のなじみも消えゆけど
     移ろひぬるは世の常ならむ 裕二
 
 筆者の作。昔よく行った場所を十年ぐらいぶりに訪れると様子が変わっている。そんなことが最近続いた。大きなマンションが建っていたり、駐車場になっていたりして、前に何があったのかを思い出せない場所もあった。多い時には毎週のように行っていた食べ物屋も別の店に変わっていた。あの優しい大将はどこへ行ったのだろう。何でもいつかは変わるが、最近はコロナ禍によって変化のスピードが加速したのではないか。振り返って変わってよかったと思えることはどれくらいあるのだろうか。
  年を取りわからぬ言葉の増えゆけど
     答の詰まったスマホが手にある 員子
 
 作者は羽床員子さん。最近はわからないことはすぐにスマホで調べることができて便利だが、一度調べた内容を忘れてまた同じ事を調べることもある。それでもスマホで何とかなるのだからそれはそれでよしだろう。誰もが老いを経験する。それを悲観しない前向きな姿勢が伝わってくるのがこの歌のよさで、次々に新しい言葉が出てきても相手になるのは私ではなくスマホだからどうぞという作者の声が聞こえてきそうである。
 
 自分の知らない言葉や日常的に見ない言葉が歌の中に出てくると否が応でも気になって歌に引きつけられてしまう。今回の歌会では、加藤さんの「おらほのめへ」が強烈であった。見たことも聞いたこともない言葉で、地名のようには思えないし、前後の言葉から意味を予測することも不可能である。青森の方には申し訳ないが、「へのへのもへじ」のような文字遊びではないかとさえ思ってしまった。このような「正体不明」の言葉を使う手法は、いわば変化球で、読者は直球を待っているので思い切り空振りさせられる。しかしその球が見事であれば、空振りするのも気持ちがよいのである。