肉じゃが  高鳥奈緒   2023.11.17
 
肉じゃが食べたいといわれて
作ったものの
無言で食べているから
「どう?おいしいかしら」とたずねると
「うん。おいしい」とオウム返しだけ
いつだって言葉は少なげだけど
作る私の心なんか関心もない返事に、もやもや。
 
わたしは泥臭いジャガイモのように
あなたには当ったり前なのね
もっと褒めてよ
ちゃんと作ったのに
心は不満でいっぱいなのに
 
あら?ふとテーブルのお皿をよくみたら
あんなに沢山の肉じゃが
あっという間に
残さずに食べているじゃないの
 
なんだ、やっぱり良かった
無器用な表情でテレビを見るあなたの横顔
わたしの方はおのろけ気分だと、
判っているのかな、そのテレビを観る目は
濱野成秋近作浪漫短歌(令和三~五年)
 
 
時経れば百年なりとも親しきに父母兄みな逝くそを如何にせむ
 
お水取り越えねば春は来ぬといふ母の冬里思へば幾歳
 
春は惜しみまかる師の影時移り桜吹雪の日和も疎まし
 
この世をば散りて去りたるさくらばな実をば結ばめ春は来ずとも
 
田の里に住ひし父母の影遠くいま帰る身に降る蟬しぐれ
 
衣笠の寓居手放す日も近し十歳ととせの哀歌も幻と化す
 
くちびるや歯牙にまとひし言の葉を秋風に舞ふ瞳に告げをり
 
人世ひとよ老ひかぼそきかひなで野分け戸を閉めていかづちしっぽり想ひて
 
父母ちちはは御影みえいこわし若きまま今宵は何処いづくと目が問ひ給ふ
 
古里に帰りて思ふは繰り言ぞ時世ときよの渦に浮きつ沈みつ
 
古里の盆の太鼓は哀しけれ路ゆく人のみな変わり居て
 
憶良おくら遺言いごんよ税よとめくるめき昔の人もかくて逝くかや
 
北条のたけ女子おなごを想はせて梅花流るる鎌倉の春
 
母の時代に戻りて
の便り受くるも苦界ぞ包みたるつぼみの梅が枝咲かせと乞うや
 
いほは仮寝の宿よと天の声されどふすまはやはらかぬくきぞ
 
螢火の小川の岸に立つ父母の着物も帯もいづこに去るや
 
書く人に残日かぞへと責める身に炎天かたぶき降る里しぐれ
 
百年ももとせの遠きに生くる歌人うたびとも友の衰へ嘆ける夏の日
 
腸削る手術の日取り傍らに青い蜜柑をむさぼり喰らふ
 
父母ちちははよ千代もと祈る心もて未だ帰らぬ吾身責め病む
 
新春にひはるを寿ぐ賀状を断りて友よ咲く花いかに愛しも
 
黄泉の日はけふかあすかで春となり娘の慶事でしばし沙汰止み
 
いにし世を知らぬ存ぜぬ子らたちにすさむ思ひを語るも空し
 
メリケンのボールいくさの歓声に古武士の戦場いくさば遠のくが如
 
ふだ入れは学歴いつはる乱れ籠天空黄砂も人為ぞ若葉よ
 
ひとり咲きひとり墜ちゆく寒椿五月の地べたに濡れて重なる
 
葉月待つ麦酒旨しと友柄の一人没すと言の葉届く
 
熱帯の蚊を貰ひしか極寒の汗だく寝返り兵士のまぼろし
 
ヸオロンヴィオロンのひたぶるに恋ふ若き日はいずこに去りしと駅に降り立つ
 
けふもまた御魂みたま消へしと言ふ友の声霜枯れて寒夜しんしん
失恋詩
独りぼっちのワイングラス  高鳥奈緒   2023.11.11
 
吹き抜ける風は秋の香り
小径に舞う色とりどりの枯葉たち
若葉だった木漏れ日の小径を
あなたと一緒にぐい、ぐい、ぐい
漕いだわ、自転車、ぐい、ぐい、ぐい。
 
小径は若草 自転車はタンデム
耳もとに唇よせて「大好きよ」と小声で言ってやったら
「きこえないよ!」と振り返る
モミジみたいな真っ赤な耳もとに
また言わせるつもり? にくい奴
もう言わないわよ、言ってやるもんか。
奥さん泣かすな、にくい奴
ぐい、ぐい、ぐい
アンティークショップで自転車とめて
買ったわね、二つ、青いワイングラスを
これって、思い出グラス?
ふと思ったら目が遭った
その日の自分が消えないで
握りなおすワイングラス
独りぼっちで可哀そう。
失恋詩
冬のアフタヌーンティー  高鳥奈緒   2023.11.11
 
西陽さす冬の午後
あなたの部屋
お揃いのマグカップは
幸せのウエッジウッド
紅茶を入れると
あたたかいマグカップ
 
手のひらでつつんで
冬のアフタヌーンティー
楽しいお喋りして
あなたは私を笑わせる天才
お腹が痛いほど笑った
こんなに好きになるなんて思わなかった
 
瞳の優しさは心の奥まで見られそうで
少し目をそらした夕暮れ迫る窓ガラス
忘れられない穏やかな時間
あの日あの時に帰りたい
冬が来ると思い出すのよ
あなたの部屋でのアフタヌーンティー
黒サンゴの指輪物語  高鳥奈緒   2023.11.3
 
物にあふれ満たされすぎると
本当に大切なものが見えなくなる
必要なものは、それ程多くはないのだし。
 
祖母の黒サンゴの指輪は
無くなる少し前に母が受け取った
母も年老いて私に来た黒珊瑚さんご
 
黒サンゴの指輪物語か。
私の心に住む祖母は優しさを教えてくれた人
子供時代を思い出す
石鹸の香りの前掛けに寝転んだ
祖母の膝上は私の特等席
「おまんは、いい眉してるな」と笑顔で見下ろし
私の眉を撫でる。
山梨訛りが耳元でたゆたい、やがて泣きじゃくる。
 
在りし日の祖母と母。
そのやり取りが鮮明によみがえると
滲んでいた涙が大雨になった。
 
黒サンゴの指輪は逃げ出しそう。
夕焼け雲に向かって、私の鼓動と滂沱ぼうだにこらえ切れず、
くるめき転回しながら飛んで行ってしまいそう。
恋沼  高鳥奈緒   2023.10.31
 
恋沼にわが身は沈む
誰の助けもなく沈んでいく
ゆっくりとゆっくりと
もがけばもがくほど成す術もなく
口元まで沈んだ時
最後の一言を笑って言うわ
「ほら・・・見て!これが、わたしの愛、あなたを信じた姿よ」とね
でも、あなたは知る由もない