近作詠草  濱野成秋 令和元年六月五日 (No.1601)
 
 
己こそと思へば何やら滑稽に走る
他人ひとはいさ吾は勝手と言ひ聞かせ
     宵の飯碗たひらげにける   成秋
 
暗い食堂に無心なる早乙女に出逢ひて
蒼白きやわ肌らし立ち居たる
     汁椀の子目許罪なし     成秋
 
神保町の交差点にてふと梶井基次郎を思い出し
丸善に檸檬れもん置きたる心地して
     青信号をためらひわたる    成秋
 
死出の日は子糠雨か
来る生命いのち明日にも来る筈この命
    こいねがひても糠雨ぬかあめふる     成秋
海女の家跡にて古い腕時計を見つける
古ウォッチ汚れこすれて海女あまの腕
     海底うみぞこおもひて朽ちるを待つや   成秋
 
遺言状を書く
遺す子に分け与へむと書く言葉
     など僅かなれ物も心も      成秋
 
草深い葉山町一色に住まいて
一色の青葉茂れる子ら知らず
     行く末花実も朽ち木の親も    成秋
 
五百年先にどうなっているか思へばどれもいと哀し
五百年いおとせも雨晴れ雪代変わりなく
     我が子も孫もみな骨となり    成秋
 
時よどこまで行けども解脱をさせぬ気か
幽谷を出でて幾年いくとせかはる世の
     うつりしきょうぼく幽谷に似て      成秋
(参考)短歌の修練はいかな歌にも平常心にて反歌を詠めることです。
前回参考とした与謝野晶子の、
 
ひとまおきてをりをりもれし君がいき
     その夜しら梅だくと夢みし
 
と歌はれたなら、即座に、こんな戯言の反歌を作れば如何?
 
濃密のとばりいつまでそと蹴らぬ
     かいな惜しむや幾年ぞ過ぐ    成秋
 
                     (No.1929は以上)
 近作詠草3 令和元年六月一日 (No.1928)
         濱野成秋
 
 
早春に生きがひを求められ
まどろみの長きしとねの朝ぼらけ
     はだら雪視ゆうつつもの憂し  成秋
 
厳寒に迷ひ出でて
人知れず氷柱つらら立つ視ゆ天竺の
     仏の世より垂れる雫か  成秋
 
茂吉の病身を吾ことの如く思いを馳せ
歯科医より帰りし吾は夕まぐれ
     鬱々として雪の道ありく
                    (茂吉『白き山』より)
 
現身うつしみのわが歯朽ちをり山野辺の
     かたぶく雪棚黙々と
                    (成秋、本歌取り)
華宵の乙女らに誘われて歌ふ
うぐひすの声は哀しもくれたけ
     恋ゆる女子めごあり病める稚児あり  成秋
 
昔日の海女の家を訪ね歩きたるが
過ぎ去りし海辺の風や海女の家
     ここら哀しも足跡もなく     成秋
 
この生への執着を思い煩ひて
このいのちおぼろ入寂たへなむひととせ
     超へて伏す身の耐え難かりき   成秋
 
老ひても君を忘れじと茂吉は詠めり
おひびととなりてゆたけき君ゆゑに
     われは恋しよはるかなりとも  (茂吉)
 
老人おひびととなりてもはべらめ君の許
     乞ひ木枯こがれしや狂へるがゆへ (成秋本歌取り)
諸行無常と人は言ひたるが
いつの世も変はらぬものもなくもがな
     すり減るこころ朽ちる肉體にくたい   成秋
 
(参考)
 
今はゆかむさらばと云ひし夜の神の
     御裾みすそさはりてわが髪ぬれぬ   晶子
 
ひとまおきてをりをりもれし君がいき
     その夜しら梅だくと夢みし   晶子
 
 
                     (No.1928は以上)
 令和二年三月十四日掲載(No.1926)
  醍醐寺三宝院住職 斎藤明道
        弟子 濱野成秋詞書
 
明道翁は我が人生の師とも言えるお方様。ご自分の悩みを隠さず
述べるをためらわず、生きる切なさを歌に託される。それは次の
御製にも診える。初期の歌にて、
悲しきは破れ障子の穴のぞくごとくいやしきわが心かも
 
後年、師は醍醐寺の教学部長に就任された。そのお立場で後進を
導くに、己が迷妄の歌をばためらいなく巻頭に入れられる。飾り
気なき御歌集『あれこれ』を若い僧に与え、君よ迷いを恥じるな。
我もまた等しき頃あり。隠さぬ御心の尊さが温かい。
世をひがむ心かなしも花吹雪わが煩悩の塵を拂えや
 
秀吉最後の花見で有名な醍醐寺の桜をかく捉える師の御心よ。
しかるに師は孤高に生きる強きも無きて告白して詠める。
わが涙こころの砂に沁みてけりその重たさを告げる人なく
 
またこうも詠みけり、明道翁もまた孤独に喘ぎて、
笑いえぬ時もあるなりそのままにすておいてくれ妻よ息子よ
煩悩の樹林に吠ゆる魍魎の姿は見えず生命さいなむ
父のみの父に供えし今朝の酒その霊前にのみてたのしも
 
かすでに他界した父と酒酌み交すか。かく申す弟子の成秋とて
他界した父の心知りたく、
父君ちちぎみの遺せしノオト読みたしと書棚さぐれど指空しけり
 
八十路幼きに返るというは在家も出家も同じか。しこうして師は
死を恐れ我成秋もまた揺らぐ心を抑え難く。先ずは師の三作、
月明のもと彷徨す我が影のおそろしきかな獣のごとし
わが影の黒き恐怖が死をよぶ夜月は静かに心をさしぬ
あの星の一つ一つを打ち鳴らし天空にわれ消えなんと思ふ
 
次に成秋。朽ちるは肉體だけに留めよと思うだに虚しく、
来る生命いのち明日にも来る筈この命希こいねがひても子糠雨こぬかあめふる
嫩葉の陽黒文字折りたる吾指に落つる病葉行く末語る
現身うつしみのわが歯朽ちをり山野辺のかたぶく雪棚黙々と
 
わが師斎藤明道は歌人としては最高にして人生托鉢僧にして常に死を
見つめておられた。朽ちるは肉體だけにと希う吾もまた死の御心を受
けて未だ凡夫で過ごしおり自嘲して已まず。歌人斎藤明道翁は人の心
を愛するが故に人の過ちを責めず貶めず尽きぬ情愛を掛けて厭わず。
われもまたかくありなむ。
 令和二年二月二十六日掲載(No.1926)
        濱野成秋
 
終戦の想い出(これはホームページ冒頭の一首のプロトタイプ)
いくさ敗れ父母哭き稚児の稲田里いま他人よそびとの我勝ちに住み
 
秋となり
稲束を潜り潜りて田螺たにしとり野井戸近きに母駆けつけて
 
冬となり
戦ひの過ぎにし朝の貧しけれ市にて交わす息凍りたる
 
栄養失調にて吾は幼時きわめて虚弱にて
われ七つ九つ十五も黄泉想ひいま八十路にてなほ先暗し
 
同年齢に他界した父の心知りたく思はれ
父君ちちぎみの遺せしノオト読みたしと書棚さぐれど指空しけり
 
戦跡後年父他界の年齢に達し三浦半島に住まいして近隣を訪ね
キャベツ畑巡り下りて洞穴の基地入り口にくさむらむら
箱根口の茶屋にてお茶事あり。青葉若葉の陽春なれど
わかの陽黒文字折りたる吾指に落つる病葉行く末語るや
箱根口嫩葉に集ふ同人の作る歓び尽きぬ語らひ
 
☆本日の締めとして本歌取りを追加いたします。
 
本歌(茂吉『白き山』より)
最上川みづ寒けれや岸べなる浅淀にしてはやの子も見ず
 
本歌取り(成秋)
最上川岸辺に凍る稚魚のかげ追へる吾身の行方しれずも
 
推薦歌
☆本学会はむやみにカタカナをつかうなどして奇をてらうを歓ばず、常に作者の真心の発露を歓ぶがゆえに、左記の歌を参考とされて作歌されたい。
 
ぬば玉のふくる夜床に目ざむればをなごきちがひの歌ふがきこゆ  茂吉
 
死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる  茂吉
秀句二題
 
山路来てなにやらゆかしすみれ草  芭蕉
山路来て独りごというてゐた  山頭火
 
☆この二句を味読されて後に私の雛型エッセイ「山路来て二題」を読まれて参考にしてください。
 
助言・作歌について
本万葉集は時代色を大事にします。次に親子の心の結びつき、次に生死に対して真剣に取り組む姿勢を良しとします。そこに季節や自然の移り変わりの情景が描かれていればなおのこと結構に思います。成秋

English Poem

February 25, 2020
Seishu Hamano, Japan

Many of you are still rushing to desire,
Only me to the conclusion.
Anyday, anytime, it will pay the last visit
In the foreign, unknown town.
Conclusion is the last start to find timeless encounter,
To find in vain some fulfillment, content, easiness, with no agony,
Waiting until times have gone.
Uneasy, non-stimulating, hopeless end.
On the way we know
In the end we know
Conclusion is nothing but a waystation.

英詩

2020 2.25
濱野成秋

諸君はまだ欲望を追ってまっしぐら
僕だけが結論に急いでる。
結論はいつなんどきでも終息する
どっか見ず知らずの町で。
結論は時間制限なしの出会いの始まりで
豊満、満足、安楽を見つけようとして見つからず
待てど暮らせど
不安で刺激なしで希望なしの終わりだけ。
その中途でわかる
遂にわかる
結論なんて通過駅にすぎないと。