言えなかった  北見 薫   2023.7.30
 
言えなかった
ほんとうは素直になりたいと
声に出せなかった言葉
ここにもし君が居たら
もっと心は楽しかっただろうけれど
僕は恋して臆病になった
ほんとうは寂しい
ほんとうは悲しい
ほんとうは甘えたい
弱い自分がいた
でも多くを期待すると
残るのは悲しみ
だから言えなかった
津軽のお盆休み  高鳥奈緒   2023.7.29
 
厳かな津軽のふるさと
人々は亡き人を想う
心づくしの御膳を捧げ
敬いの御心で手を合わせ
死者の魂を呼び覚ます
 
夕暮れ時にお囃子が遠くに聞こえた
急いで窓から顔を出すわたし
今年もきたきた
町を練り歩くねぷた祭りの山車
色鮮やかで美しい力強い絵師の技
掛け声の威勢良さで盛り上がる
 
いつもは静かなリンゴの町も
今宵は死者魂と群衆の魂が一つになる
心を揺さぶる太鼓が鳴り響く
あっという間に通り過ぎていった
津軽のお盆休み…
化粧  高鳥奈緒   2023.7.29
 
何時ものように鏡の前で化粧する
化粧すると不思議ね
魔法のスイッチ入る
毎日、違う私を発見する
紅の色を変えたら
いつもと違う自分になれる
 
だからこそ色を変え角度変え色々と試すのよ
今日は、なりたい私に変身したかしら
 
私の顔ってどんな顔?
切ない瞳で貴方を見つめてもいいですか?
生きている靴  濱野成秋   2023.7.29
 
ここは亀ヶ岡八幡宮の境内
炎天下に露天がいくつも
木陰もろくにないのに
生きた革でくるまってる空間が二つ
不用品だぞと威風堂々たる登山靴
 
摘まみ上げる、靴紐にぶらさがり
「それ、買って。二百円でいいの」
履いてみる。妙に冷たい
そんな北極空間、この日盛りにあるわけないのに
やはり冷たい靴底がひやっこい。
 
「亡くなった主人が喜びます」
 
もう君、脱いで、置いて、買わずに去っちゃいかんよ
この世から俺のために冷やっこい霊感だけを遺して
どた靴が炎天下で吠える、「俺様は靴だ、雪よ岩よ、吾等が宿り
俺たちゃ 街には住めないからに」
言われなくても君はもう、次の
生きた足首を捕まえて、護ってやる気だろ
俺はしかし雪よ、岩よ、吾等が宿り…とは行かんだろ、
もがいても、もがいても
解決など見当たらない僕の人生を
先刻知っていて護ってくれるかい、どた靴よ 
もつれた僕の家族と君の前世の家族が
亀ヶ岡の炎天下でばったり出会った、
ほどけない紐で。
 
情けなくて悲しくてみっともない
小さな僕の大胆な人生を
ビニール袋でくるんでもらい、
歩き出す自分は、もはや別人の魂魄。
この靴のために楽しい時間を、新しく作れるかい?
 
君の生家は大阪。田んぼの中にある白壁土蔵のあるお家。
そんな坊やがなんで今、逗子駅前の
神舎の炎天下なのだよ。
生きるって一筋縄ではいかない
どんな困難も乗り越えてきたというのに
売ってくれた家族も大学教授の一家だそうな。
どこ? 大町、雪の下
炎天下に雪の下か、教会がありますね。
立原正秋と親しかった早稲田の先生も
雪の下にお住まいだった。
コインを2つあげて、じっと見る革の登山靴
これお前、これから君の人生、
始まるね、
僕は黄泉にて待つ父君の遺訓も知らず
ぽっちゃり娘の汗噴き鼻先に
どた靴だけを引き受けたよとも言えず
目いっぱい笑うと笑い返してくる愛想のいいお嬢さん…。
津軽の花火  高鳥奈緒   2023.7.28
 
今夜は祖母の着付けでおめかし
恥じらい躊躇ためら浴衣ゆかたのわたし
気持ち焦って早足だから
下駄の鼻緒がちょと痛い。
 
ぼんぼり提灯ちょうちん商店街
行きかう人の笑顔も揺れて
こんなに人がいたんだここに
黒いシルエットは岩木山
 
闇に溶けてく川沿いの
広場に着くと流れてる
曲に合わせてドンと鳴る
光の輪が闇空に
はじける花火に泣き黒子ぼくろ
わたし泣いてる暗闇で
わいわいがやがや
わくわくどきどき
光が重なり空高く
たまやーたまやー
津軽まで来てまで断ち切れぬ
思いがまとう津軽の花火…
玉屋がとりもつ縁かいな