日本浪漫歌壇 春 皐月 令和七年五月三十一日
       記録と論評 日本浪漫学会 河内裕二
 
 五月のことを和風月名で皐月というが、その由来を調べてみると諸説あるようだ。田植えに関するものが有力で、『日本国語大辞典』では、早苗を植える早苗月からだとか、田植えの月なので耕作を意味する古語「さ」から「さ月」、挿苗の意味で挿月などがある。変わったところでは、狩りに関するもので、狩りは五月がよいことから「幸月」、さつつき(猟月)で薬狩りをする月との意味からなどもある。語の由来ははっきりしなくても、「さつき」という音の響きや色鮮やかな花のさつきをイメージできることでも、皐月は和風月名の中でも魅力的で、歌の中で使いたくなる言葉である。
 歌会は五月三十一日午前一時半より三浦市勤労市民センターで開催された。出席者は三浦短歌会の三宅尚道会長、加藤由良子、嘉山光枝、清水和子、羽床員子、日本浪漫学会の濱野成秋会長とジュン葉山の七氏と河内裕二。さらに今回から参加の安田喜子氏。欠席の嶋田弘子氏も詠草を寄せられた。
 
  去年こぞの秋二度ころびたる友人の
     「元気になった」と電話かけくる 由良子
 
 作者は加藤由良子さん。ささやかな日常の一場面を詠んだ歌であるが、友との友情や友を心配する気持ちが静かに描き出されている。二度ころぶと伝えることで、友人の体力や年齢的な不安が表現され、「元気になった」と回復の知らせに作者が安堵したことが「電話をかけくる」という友人の動作により直接的な感情表現ではない形で表されている。控えめな表現で温かな人間関係が表された歌である。
 
  本整理いるいらないの手を止めて
     読み返すでは作業進まず 光枝
 

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日本浪漫歌壇 春 卯月 令和七年四月十九日
       記録と論評 日本浪漫学会 河内裕二
 
 四月十三日に大阪・関西万博が開幕した。日本では六回目の万博開催となる。一九七〇年の大阪万博の来場者数は六千四百万人で、これは二〇一〇年の上海万博の七千三百万人に次ぐ歴代第二位の驚異的な人数である。今回の万博の想定来場者は、日本国際博覧会協会によると二千八百二十万人であるが、沖縄海洋博を除く五回の来場者数がそれぞれ二千万人を超えていることからその予測は妥当だろう。開催期間は半年。万博は驚くべき集客力である。テーマパーク来園者数で二〇二三年に世界第三位になったユニバーサル・スタジオ・ジャパンでも年間で約千六百万人である。今回の万博のテーマは「いのち輝く未来のデザイン」。百五十八の国と地域が参加する。目玉は何だろうか。当初予定していた額の二倍もの建設費がかかっているようだが、果たして意義のある万博となるのだろうか。
 歌会は四月十九日午前一時半より三浦勤労市民センターで開催された。出席者は三浦短歌会の三宅尚道会長、加藤由良子、嘉山光枝、嶋田弘子、清水和子、羽床員子、日本浪漫学会の濱野成秋会長とジュン葉山の八氏と河内裕二。
 
  山桜薄紅うすくれないの花開き
     メジロ止まりて花蜜かみつ吸いしか 光枝
 
 作者は嘉山光枝さん。「梅に鶯」という言葉があるが、実際に梅の木に止まっているのをよく見かけるのはメジロではないか。メジロは警戒心がそれほど強くないのか人前にも現れる。梅、桜、桃、椿などの花の蜜を吸っていることも多い。その際は鮮やかな緑黄色をしているので、花の色に美しい彩りを添える。山桜にメジロ。美しい春の風景を詠んだ歌である。

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日本浪漫歌壇 秋 霜月 令和六年十一月十六日
       記録と論評 日本浪漫学会 河内裕二
 
 四年に一度と言えば、オリンピックを思い浮かべる人が多いだろう。今年はパリでオリンピックが開催された。最もメダルを獲得した国はアメリカ合衆国だったが、そのアメリカでは、オリンピックの年に四年に一度の大統領選挙が行われる。数日前に選挙結果が出て、次期大統領がドナルド・トランプ氏に決まった。大統領の任期は二期八年までだと知ってはいるが、返り咲きについては考えたことがなかったので、今回正直驚いた。調べてみると、過去にも一人だけ返り咲いた大統領がいた。第二十二代、第二十四代大統領を務めたスティーヴン・グロヴァー・クリーヴランドである。今から百三十二年前のことである。初めてではないにしても返り咲きは極めて珍しい。トランプ氏には、選挙集会中に起こった暗殺未遂事件でも驚かされた。彼が「型破り」な人物であることは間違いない。就任後は日本にどのような影響があるのだろうか。
 歌会は十一月十六日午前一時半より三浦勤労市民センターで開催された。出席者は三浦短歌会の三宅尚道会長、加藤由良子、嘉山光枝、清水和子、羽床員子、日本浪漫学会の濱野成秋会長の六氏と河内裕二。嶋田弘子氏も詠草を寄せられた。
 
  亡き夫がみやげに買いしパナマ帽
     野分立つ朝友かぶり来ぬ 由良子
 
 作者は加藤由良子さん。亡くなった夫への深い愛情とその喪失感が、パナマ帽という具体的な物を通して見事に表現されている。しかもそのパナマ帽は夫が作者に買ってきたものではなく、土産として友人にあげたもので、友人はそれをずっと大切にしている。「野分立つ」とあるので、季節は秋から初冬ごろであろう。時期としてはパナマ帽には少し遅めかもしれないが、一日の始まりにそれを被って作者に会いに来た。帽子を見た作者は夫のいない のを寂しく感じたかもしれない。ただそれ以上に夫と友人との良きつながりに心が温まったので歌に詠まれたのだろう。

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日本浪漫歌壇 夏 水無月 令和六年六月二十二日
       記録と論評 日本浪漫学会 河内裕二
 
 来月に新しい紙幣が発行される。約二週間後のことであるが、とくに盛り上がっている様子もない。そもそもお札で重要なのは金額であって、デザインはほぼ気にしていないというのが実際のところではないだろうか。誰が肖像になっているのかは知っていても、細かいデザインまでは思い浮かべることができないのではないか。新札発行は、このところ約二十年に一度の恒例行事になっている。偽造防止や誰にとっても使いやすいように実用面での改善で新札は発行されるが、実用とは関係ない楽しみがあってもよい。多くの人にとって新札発行の関心は、選ばれる「偉い」日本人は誰かという点のみで、高額な方から偉人ランキング「横綱」「大関」「関脇」のように見て楽しんでいる気がする。気が早いが次回の肖像画はだれになるのだろうか。
 歌会は六月二十二日午前一時半より三浦勤労市民センターで開催された。出席者は三浦短歌会の三宅尚道会長、加藤由良子、嘉山光枝、嶋田弘子、清水和子、羽床員子、日本浪漫学会の濱野成秋会長の七氏と河内裕二。
 
  花冷えの庭園めぐりに着物着て
     熟女はしかとスニーカー履けり 由良子
 
 作者は加藤由良子さん。着物にスニーカーという組み合わせから、着物を着ていて上品でありながら、おしとやかというよりアクティブな感じがする。型にはまらない自由な着こなしはお洒落上級者で都会的な印象を受ける。「熟女」という言葉が重要である。若者ではちぐはぐに着物を着ていると受け止めてしまうし、高齢の女性では足が悪いのだろうと想像してしまう。
 
  「歩いてる」医師に問われて時々と
     愛犬逝きて散歩義務なし 光枝
 作者は嘉山光枝さん。犬を飼っていると散歩に行くので運動になるとはよく言われることである。作者は四年前に飼い犬が亡くなり日課として歩くことはしなくなった。下句の「愛犬逝きて」からは哀感が伝わってくる。この言葉により、犬が居なくなったので歩かなくてもよくなったという気持ちではなく、愛犬と歩くから歩くことには意味や価値があったという気持ちが表現されている。
 
  階段をあえて選んでゆっくりと
     ひとりふたりと追い越されつつ 弘子
 
 作者は嶋田弘子さん。階段を上っているシーンが見えてくる。足が衰えないように階段を使用する作者の努力に対して、当たり前に階段を上っていく人たちの軽やかな足どりは、どこか残酷な感じもするが、二句の「あえて選んで」の一言により、人はどうであれ自分は我が道を行くのだという決意が静かに宣言されている。日々自分と向き合う作者だからこそ詠めた歌である。
 
  なるようにしかならないと覚悟決め
     七十八歳明るく生きる 員子
 
 作者は羽床員子さん。現在の日本の平均寿命から考えて七十八歳で覚悟を決めるのはまだ早いだろうという意見が多かった。この歌は結句の「明るく生きる」にアクセントが置かれているので、そのためには上句のような覚悟をしないといけないと思ったのだろう。その覚悟は諦めではなく、どんなことでも正面から受け止める前向きの覚悟である。どんなことがあっても明るく生きるのだと自分に言い聞かせている歌である。
 
  百年ももとせの悲恋を抱えし坂田山
     青葉に語らめ穢れなき愛 成秋
 濱野成秋会長の作。坂田山は大磯にある山で昭和七年に若い男女の心中事件が起きた。この事件を題材に映画『天国に結ぶ恋』が作られ、映画を観た多くの男女が坂田山で心中を試みた。そのことを知る人は今ではほとんどおらず、純愛を貫いて亡くなった若い人たちのことを今の若者にも語るべきで、そのような思いから詠まれた重みのある歌である。斎藤茂吉は心中事件が頻発した昭和七年に次のような歌を詠んでいる。
 
  心中といふ甘たるき語を発音するさへいまいましくなりてわれ老いんとす 茂吉
     
 
  泰山木咲くのを待てり友は逝き
     今は何処に白い花影 和子
 
 作者は清水和子さん。食堂からは泰山木が見えて五月、六月になると白い花が咲く。毎年花が咲くのを楽しみにしていた友人とは泰山木が咲いたよと言うのが朝の挨拶だった。それが十年以上続いていたのに、今年友は泰山木が咲く前に亡くなってしまった。彼女のことを思い出すときには、いつも泰山木の白い花と一緒とのことで、下句はどこか幻想的である。
 
  緑道に整備と掲げ一日ひちひにて
     消えし街路樹鳥のこゑなし 裕二
 
 作者の作。家の前の緑道が一日にして変貌した。大きな街路樹が並び灌木が茂る緑豊かで緑道と呼ぶに相応しい歩道だったが、ある日仕事から戻ると木々の一本もない見慣れない風景が広がっていた。ときどき木の剪定が行われていたが、フェンスが張られたことはなかったので、長い距離に渡ってフェンスが張られた前日に、立てられていた説明看板を見に行った。作業内容については、緑道の整備とだけ書いてあった。まさか木々を根こそぎ切り倒し排除するとは思わなかった。そこで何十年もかけて育った木を無感情で切り倒す作業が行われたのを想像すると怒りと悲しみが込み上げてきた。次の日、木が無くなったことで鳥の鳴き声も消えてしまったことに気づきさらに悲しい気持ちになり歌を詠んだ。
  感染症いつでも誰でもかかりをり
     真夏日続く六月の朝 尚道
 
 作者は三宅尚道さん。最近になってまたコロナウィルス感染症が少し増えてきているようである。熱中症に注意が必要なほどの暑さの中でコロナに感染して高熱を出せば体への負担はさらに大きくなる。実際に一年前に作者は経験したそうである。六月なのに真夏日が続き、さらにコロナにかかる。自分の身に降りかかった不運を「いつでも誰でもかかりをり」と抽象度を上げて表現するところにこの歌の面白さがある。
 
 短歌の決まりは五・七・五・七・七の三十一音にすることぐらいで、他にこれといった決まりもなく、かなり自由に作歌することができる。音数についても字足らずや字余りも大丈夫なので、三十一音も絶対的なものでもない。また、カッコや句読点を使ってもよい。カッコを使用すれば会話を入れることができるし、句点を打つことでも同様かもしれない。アルファベットが入ってもよい。今回嘉山さんの歌は初句にカッコを付けることで、歌全体が上手く組み立てられた。筆者はカッコや句読点を使ったことがない。効果的で表現の幅が広がるのであれば使うこともやぶさかでないが、できる限りオーソドックスな形で表現する努力をしたい。
日本浪漫歌壇 春 皐月 令和六年五月十八日
       記録と論評 日本浪漫学会 河内裕二
 
 数字を語呂合わせにするのはよくあることで、本日五月十八日は、「五」と「十」と「八」で「ことば」となり、日本記念日協会は五月十八日を「ことばの日」としている。同協会によると、「ことばの日」としたのは、「ことば」を大切に使い、「ことば」によって人と人とが通じ合えることに感謝し、「ことば」で暮らしをより豊かにすることが目的とのことである。歌会を行うのにこれ以上ふさわしい日はないであろう。
 歌会は五月十八日午前一時半より三浦勤労市民センターで開催された。出席者は三浦短歌会の三宅尚道会長、加藤由良子、嘉山光枝、清水和子、羽床員子、日本浪漫学会の濱野成秋会長の六氏と河内裕二。三浦短歌会の嶋田弘子氏も詠草を寄せられた。
 
  春野菜いく種も並ぶ無人店
     新じゃがを買い今日の夕餉に 光枝
 
 作者は嘉山光枝さん。無人販売で自動販売機などを使わずにお客自身が商品代金を置いてゆく場合、不正が行われないことを前提としているが、残念なことに実際には売上合計が少ないことがほとんどだそうである。それでも無人店で販売するのは、商品を安く提供したいからで、それは買う方にとってもありがたい。嘉山さんもよく利用するとのこと。新鮮な野菜が安く買えて、それを美味しくいただく。一部の心ない人のためにそれができなくならないか心配しながらこの歌を詠まれた。
 
  スーパーでママの買い物待つパパの
     幼はパパの股くぐり遊ぶ 由良子
 作者は加藤由良子さん。実際にスーパーで見かけた家族について詠まれた歌である。混み合った店内で母親が買い物をするあいだ父親と子供が持っている。子供はまだよちよち歩きでとても可愛く微笑ましい光景だったそうである。「スーパー」「ママ」「パパ」とカタカナ語の響きが良いリズムを奏でていて単調な調子になるのを避けている。
 
  なぜなぜと動かぬ体に腹を立て
     九十五年の感謝忘れて 和子
 
 清水和子さんの歌。年をとれば誰でも体の動きは悪くなる。それを嘆くのではなく怒るところに作者のエネルギーが感じられ、まだまだお元気なのが伝わってくる。しかも下句で怒った自分を客観視する冷静さも示され、体だけでなく心もお元気である。清水さんでなければ詠めない歌である。
 
  朝夕べ野栗鼠は来たりわが庭の
     夏柑食す五月の御馳走 尚道
 
 三宅尚道さんの歌。三浦にはリスがたくさんいて、人にも慣れていて家の庭などにも平気でやって来るそうである。作者は実際に庭の夏柑を食べられたが、わざわざ食べに来るのだからあの酸っぱい夏柑もリスにはごちそうなのだろう。しかも頻繁にやって来る。リスはその体型や動きが可愛らしく見えて得をする。食べられても何だか許したくなってしまうのではないだろうか。歌からは怒りは全く感じられない。リスにどこか癒やされているようでもある。
 
  なりふりも構はず急ぐ若者の
     睨みつけたる赤信号機 裕二
 筆者の作。朝の通勤・通学時間帯に歩道を全力で走っている若者を見かけた。制服姿なので高校生である。寝坊でもしたのか、遅刻を免れるために必死なのだろう。自分も高校生の時には同じような悪あがきを何度もくり返したので気持ちがよく分かる。そんな一刻を争う時に信号が赤になると怒りが込み上げてくる。さらに行く先々でも赤信号となるとやがて怒りが絶望に変わる。真剣な高校生には申し訳ないが、昔の自分を思い出して、懐かしく可笑しい気分になった。
 
  飛鳥川子等と遊びし日々もとめ
     歩めど叫べど天空深し 成秋
 
 濱野成秋会長の作。明日香村は風致地区なので今でも田んぼなどが残っていて美しい風景が広がっている。作者はおばのお墓もあり、明日香村を訪ねた。子供の頃に飛鳥川で遊んだことがあるが、その時に一緒に遊んだ子たちはどうなったのかなどと思って、今その場所を歩いてみても、彼らの名前を叫んでみても当然誰もいない。思い出だけが自分の中に残る。歴史的なものが多く残る場所で、詠まれていることが味わいを深めている。さらに結句「天空深し」で時間的だけでなく空間的にも広がってゆく。
 
  年老いた我を見つめる娘居り
     娘のくるを見つけた我居て 弘子
 
 作者は嶋田弘子さん。母親、自分、娘に渡って重なる歌で、それぞれが同様の経験をしていると思えば、「我」と「娘」は自分と娘であり、また母親と自分でもある。
みな年をとるが、母が老けるのを見る娘は寂しい気持ちで、娘が老けたのを見る母親は複雑な気持ちだろう。自分と娘のことであれば話は単純だか、そこに自分もかつて娘だったという視点を持ち込むことで時間軸を変えて、自分の母親をも含めるのが作者の非凡なところである。
  白樺の新芽の葉先の雨粒が
     真珠となりて朝日に耀う 員子
 
 作者は羽床員子さん。光景が目に浮かぶ。四句はもともと「ひとつぶ降りて」という句を考えられたが、「真珠となりて」に変更された。この変更がなければ、美しい言葉は並ぶものの説明文になっていた。「真珠となりて」を入れたことで説明文になるのを回避し、趣のある詩となった。
 
 短歌は身近なことを詠うことが多い。三浦の歌会では野菜などの食べ物が歌によく出てくる。周りには畑も多く、家庭菜園をしている方もおられるので、そうなるのだろう。今回も嘉山さんと三宅さんの歌には出てきている。考えてみると、筆者には食べ物に触れた歌が極端に少ない。おそらくあってもわずか二、三首だろう。人間にとって最重要で理解や共感を生みやすい食べ物をうまく活用すれば、歌の幅が広がるのではないか。そう思った。