どん底節  北見薫   2024.1.24
 
ずずずん ズンドコ どどどん ドンゾコ 
俺っちさっぱりドンドコドン
ついてないない今日もまた
チャンス逃して酒びたり
 
どん底だったら這い上がろ
いうけど底なしどん底じゃ
踏ん張る脚も
泥ん中
 
下から見上げた景色には
しょせん高嶺の華ばかり
強くなれよ励まされ
必死でがんばる泥ん中
 
不器用ぶきちょで世渡り大べたで
いつも不幸が似合ってた
もういい諦め自暴自棄
親も娘もいっちっち
 
 
不運と決めたは自分じゃないか
諦めたら あかんがな
人生どこでも どん底や
それが今日までつづいてた
 
どん底ならばゆるゆると!
どん底だから気楽やで
 
ここまで来たら後ねえわ
自分を信じて上り坂
泣き顔カラスが笑って飛ぶぞ
笑い飛ばしてどん底万歳
日本浪漫歌壇 夏 文月 令和五年七月二十二日
       記録と論評 日本浪漫学会 河内裕二
 
 日本の福岡で水泳の世界大会が行われている。水泳では競泳に注目が集まることが多いが、飛込や水球など他にも競技はある。数日前に日本人選手が金メダルを取った競技がアーティスティックスイミングだった。テレビのニュースでアナウンサーが発したその聞き慣れない競技名に新競技かと思えば、何のことはないシンクロナイズドスイミングであった。二〇一八年に名称がアーティスティックスイミングに変更されたようである。デュエットやチームの息の合った一糸乱れぬ演技を見ると「シンクロナイズド」という言葉がまさに競技の特徴をよく表していてわかり易いと思うのは素人だからだろうか。略して「シンクロ」というのも呼びやすくてよかったのだが、現在は英語の頭文字のASだそうである。名称変更が競技にプラスとなるとよいと思うが、果たしてどうだろうか。
 歌会は七月二二日午前十一時より三浦勤労市民センターで開催された。出席者は三浦短歌会の三宅尚道会長、加藤由良子、嘉山光枝、嶋田弘子、羽床員子、日本浪漫学会の濱野成秋会長の六氏と河内裕二。三浦短歌会の清水和子氏も詠草を寄せられた。
 
  今時は暑中見舞いもスマホなり
     私まだまだ手書きで便り 光枝
 
 作者は嘉山光枝さん。最近はご友人からの暑中見舞いも音楽や動画が入った「デジタル」版がスマホから送られて来るようになったそうである。それはそれで楽しいが、嘉山さんは今でも昔ながらの手書きのハガキを送られている。ご自身を「アナログ」な人間とおっしゃる嘉山さんは、実際に自分で書かれた方が相手に気持ちが伝わるのではないかと思って手書きをしているとのことで、用事や連絡はメールで済ませることが多くなった現在では、受け取った方もきっと特別感を得られて、うれしい気持ちになることだろう。
  「人工骨入れているに夫逝きぬ」
     友の言葉に相づち打つのみ 由良子
 
 作者は加藤由良子さん。ご友人から退院して家に戻ったとの連絡があった。お家を訪ねてみると、今回は足の回復具合が思わしくなく再入院だったとのことで、人工骨を入れたなどその話は聞くに堪えないもので、とても気の毒であった。最後にご主人のことをうかがうと、大変な事実を知らされた。彼女が手術を受けるためにその期間はご主人には施設に入ってもらったとのことだったが、まさに手術を受けている最中に、ご主人が施設で亡くなったのである。それを聞いて加藤さんはかける言葉も見つからず、友人の言葉にただ相づちを打つことしかできなかったそうである。筆者は歌を一読した際に、ご主人が人工骨を入れる手術で亡くなったと勘違いしたが、そうでないとわかると、その事実の衝撃で作者と同様に言葉を失う思いがした。
 
  梅雨晴れの嬉しさかくせず夕空に
     二羽のとんびが追いつ追われつ 和子
 
 本日欠席の清水和子さんの歌。光景が目に浮かぶ。とんびは海岸に多く生息している印象があるが、なぜだろうか。餌の関係だろうか。翼を広げると驚くほど大きく、上空を風に乗って旋回している姿は、どこか優雅な感じさえする。そのようなとんびが二羽で楽しく遊んでいるような様子なのは、梅雨晴れだからだろう。雨が続き、しばらく存分に空を飛ぶことができなかったに違いない。青空でなく夕空とするところが素晴らしい。夕空の色味は温かみがあり、のどかな感じもして、自由に飛び回るとんびを見て、何だか心が癒やされる。
  炎昼の日差し照らせる停留所
     汗をぬぐひて待つ人の列 裕二
 
 筆者の歌。普通なら天気が良くなるとうれしいものだろうが、この歌のように毎日通勤で炎天下でバスを待つ生活をしていると、逆に曇りや小雨のような太陽の出ていない天気の方が喜ばしく思えてしまう。長雨や日照不足は農作物に影響が出て困るだろうが、晴天ばかりが続くのもまた考えものである。今年は暑さの厳しい夏になると予想されている。最近、緊急出動の救急車によく出くわすが、熱中症患者だろうか。暑さには十分気をつけたい。
 
  朝咲きて夕べに散りゆく沙羅双樹
     はかなかなし白き小花は 員子
 
 作者は羽床員子さん。あじさい寺に行った際に、青いあじさいがひしめく中にひっそりと咲く沙羅双樹の白い花を見つけられ、詠まれたとのこと。筆者は沙羅双樹と言えば、仏教の聖樹で、平家物語に花が出てくるとしか認識しておらず、日本の身近なところに花が咲いているとは思わなかった。夏に白い花を咲かすあのナツツバキが沙羅双樹とのことであった。
  葉月待つ麦酒旨しと友柄の
     一人没すと言の葉届く 成秋
 
 作者は濱野成秋会長。暑い八月になったら冷えたビールをまた飲もうと友人と楽しみにしていたのに、その一人が亡くなったという葉書が届いた。やりきれない気持ちになるが、年をとると友人もだんだん亡くなってゆく。会長はかなり頻繁に故郷に戻られて、ご友人にも会われているそうである。「葉月」に「言の葉」が届くというさりげない表現の言葉のセンスが素晴らしい。葉が散る悲しいイメージすら内包している。考えてやろうとしても簡単にできる表現ではないだろう。
 
  初穫りはシシトウ十こナス三つ
     夏の福分け夕餉を飾る 弘子
 
 嶋田弘子さんの作品。書かれているとおりで、家庭菜園で育てた夏野菜の初取りを夕食で美味しくいただいたことを詠んだ歌である。「福分け」と言うと、どなたかからいただいたものを他の人にもお分けするイメージだが、「夏の」という言葉を付けることで、人ではなくさらに大きな「自然」からいただいたという自然の恵みに対する感謝だったり、作者の謙虚なお気持ちだったりが、たった三文字で表現されている。太陽、土、水、シシトウにナス。菜園の情景がカラーで浮かんでくるところも素晴らしい。
  真夏日の昼はソーメン菜園の
     茄子と青紫蘇加えて食べる 尚道
 
 作者は三宅尚道さん。手の込んだ料理もよいが、暑い夏にはこのようなさっぱりした昼食が一番である。自分で作った野菜なら旬で取れたて、安全性も間違いない。思わず歌にも詠みたくなるだろう。
 
 「そうめん」や「ひやむぎ」といえば夏が来たという感じになる。どちらもいわゆる「夏の風物詩」である。夏の風物詩といって思い浮かべるものは、そうめんや花火のような大定番のものもあるが、実は人によって少しずつ異なるのではないだろうか。筆者は海水浴や高校野球などをすぐ思い浮かべてしまうが、生まれ育った環境に蛍は全くおらず、動物園のような場所でしか見たことがなかったので、「夏の風物詩」で蛍狩りを思い浮かべることはなく、夏の生き物といえばカブトムシやクワガタである。これらも街の外れの雑木林や里山に行かなければ、見つからなかったが、子供の頃には夢中になって探した。現在では、私の故郷もそのような場所もなくなっている。誰もが共感できるような夏の歌を詠むことも、特に自然を題材にすると、だんだん難しくなるのではないだろうか。

天使と悪魔  高鳥奈緒   2024.1.21
 
天使が私にささやく
正しく生きよ
人に真心を尽くせと
 
つまずいて悪魔が現れた
だから信じるなといっただろう
ほら、お前だけ傷ついたと
 
天使は黙って微笑んでいた
先へ歩けばきっとわかるというように
 
私は天使と悪魔をにらめっこさせた
選ぶのは私らしい
天使の微笑みに慈しむのか
悪魔の優しい声に誘われるのか
 
立ち止まって冷静に我に返って
笑顔でいたい!と叫んだら
はっと目が覚めた
明るい窓の光が眩しすぎる日曜日の朝
額には汗をかいている
だけど光に包まれて安堵の心がよみがえった
目黒川情話  奈良みづゑ   2024.1.17
 
桜吹雪の目黒川
今年もつむぎに半幅帯で
川面に映す襟足視れば
うす桃色の花びら一つ
残照のこりび照らす女肌
 
春の嵐に揺れて舞う
東山橋ぼんぼり灯り
いついつまでも悲しみひいて
わが身遊ぶや喜ぶや
こぼす涙も嘆き橋
 
びんのほつれに細指そえて
華の乱れに吐息をもらす
ふと耳許で囁くは
ああなつかしやまぼろしか
忘れもしない声の主
 
嘘ならいらない、もういらないわ
気まぐれ貴方と つきあうなんて
嘘よ、うそうそ、あたしを棄てて
青きちまきに走ったあなた
愛してる? 愛してるから帰って来たの?
日本浪漫歌壇 冬 睦月 令和六年一月二十日
       記録と論評 日本浪漫学会 河内裕二
 
 元日の夕方に能登半島で大規模な地震があった。筆者は愛知県の実家に帰省中であったが、そこでも震度四程度の揺れが観測された。甚大な被害が出ている模様で、新年のおめでたい気分など瞬く間に消えてしまった。さらに翌日、羽田空港で地震の支援に向かう海上保安庁の航空機と日本航空の旅客機が衝突する事故が起こった。炎上する映像は衝撃的だった。今年は一体どんな年になるのだろうと心配な気持ちになった。
 歌会は十月二一日午前一時半よりでぐち荘で開催された。出席者は三浦短歌会の三宅尚道会長、加藤由良子、嘉山光枝、嶋田弘子、羽床員子、日本浪漫学会の濱野成秋会長の六氏と河内裕二。三浦短歌会の清水和子氏も詠草を寄せられた。
 
  「三浦半島最高!」と声を残して走りゆく
     若きサイクリスト朝焼けの中 由良子
 
 作者は加藤由良子さん。息をのむほど美しい朝焼けの日があり、三浦にサイクリングに来ていた自転車乗りがその美しさに大きな声を上げていたそうである。きれいな夕焼けを見ることはあっても、朝焼けは珍しいとのことで、やはり早起きは三文の徳なのだろうか。自分の暮らす土地を「最高」と言ってくれたことがうれしくて歌に詠まれた。三十一音を大きく超える音数であるのにそれを感じさせないほどまとまっているのはお見事である。
 
  畑道に初日待つ人並び立つ
     空気澄みしか吐く息白し 光枝
 
 作者は嘉山光枝さん。毎年同じ場所から初日の出を見るのが嘉山家の元旦の恒例行事になっていて、今年は雲もなくきれいな初日が見られた。畑から海が見える場所だそうだが、「初日待つ人並び」とあるので嘉山さんたちだけでなく他にも何人もそこに見に来ているのだろう。寒い中、日の出は今かと待つ人たちの息づかいが伝わってくる。
  今言っておかねばならぬと気がせきて
     娘との通話電池切ればかり 和子
 
 清水和子の作品。電池切れをするのは娘さんの電話だろうか。今言っておかなければという作者の気持ちにお構いなく物である電話が物理的に話を遮ってしまうのだろうか。それとも電話に出た娘さんが、電池が切れそうだからと電話を切ってしまうのだろうか。一度ならまだしも「ばかり」となっているところがとても切ない。
 
  気がつけばひねくれ根性大きなり
     赤心願って産土参り 弘子
 
 作者は嶋田弘子さん。ご自身のことを詠った歌とのことである。「無知の知」ではないが、自分がひねくれていると認めることができることこそが、素直であることを表しているだろう。近頃は残りの人生を自分の好きなように生きると決めているそうだが、しかしどこかで本心は生まれたときの赤子のような心に戻りたいとも思っていて、その揺れ動く気持ちから実際に産土参りにまで行かれている。「気がつけば」で始まるが、自分のことには気がつかない人がほとんどである。自分を客観視することは簡単ではない。歌を詠むことでもご自身と向き合おうとされている姿勢には心を打たれる。
 
  能登半島地震のありてラジオより
     安否不明者の名前を聞けり 尚道
 
 三宅尚道さんの歌。元日に起こった能登半島を震源とする地震についての歌である。筆者も地震の情報を知ろうとしたが、その際に利用したのはテレビとインターネットであった。ラジオで聞いているから歌になるのだろう。ラジオが語りかける音声に耳を傾ける。テレビやネットでは言葉より映像や写真が中心となる。言葉の力で何かを伝えるのは短歌もラジオも同じである。
 
  座右の銘「無財の七施」とせし亡姑はは
     四国の先祖の遺伝子を継ぐ 員子
 作者は羽床員子さん。「無財の七施」と「四国」という二語で四国遍路の「お接待」のことに言及しているのだとわかる。「座右の銘」とあるが、羽床さんの姑さんは生前、お金をかけずともにこやかな気持ちでいれば、皆が幸せになれるもので、それを和顔施と言うと教えてくださったり、「無財の七施」についてよく話をされていたそうである。いろいろな事をよくご存じだった亡き姑さんを思って詠まれた歌である。いわゆる「嫁姑問題」がなく、とても良好なご関係であったとのことだが、それもよく伝わってくる。
 
  荒玉あらたまに地割れ幾人いくたり黄泉の里
     下天の嗚咽画竜を揺るがす
 
 濱野成秋会長の作。元日の地震を受けて詠まれた。「荒玉」とはまだ磨いていない玉のことだが、年の初めに今年をどう磨いていこうかと思っていると地震が起こって何人もの人が亡くなる。「画竜」は竜の目に瞳を入れて仕上げる「画竜点睛」のことで、自分が思う竜を描こうとしていたが、地震でそれどころではなくなってしまったという意味の歌である。「荒玉」は「あらたまの年の初め」を連想させ、「竜」は今年の干支であり「今年」を表している。たいへん見事な歌である。
 
  幼き日植えた千両一株が
     今や庭中朱く染めたり 裕二
 
 筆者の作。正月に実家に帰省すると毎年庭には千両が赤い実を付けている。地震のあった次の日の朝に庭を見ると千両の実の赤色が広がっていた。筆者が小さい頃に植えられた一本が長い年月をかけて庭中に増えていった。鳥が実を食べて種を落とすのである。赤い実の千両は縁起物とされ、お正月飾りに使われたりもする。一つがこれだけ増えた。地震で大変な思いをしている人たちにもこの千両のように幸せが増えていってほしいという気持ちで詠んだ。
 
 歌会を終えて楽しみにしていた新年会が始まる。美味しい料理をいただきながら、しばし歓談。濱野先生の短歌ではないが、今年はどのような年になるのだろうと思いながら今回は歌会に参加した。歌会で皆様にお目にかかり、皆様の笑顔と楽しいお話をうかがって、きっと今年は良い年になると思えるようになった。羽床さんのおっしゃった和顔施の大切さは、全くその通りである。月並みだが、災害などが起こるたびに何気ない日常がいかに貴重であるのかを再認識させられる。